570 :名無しさん@ピンキー:2009/10/08(木) 21:44:46 ID:FtlAMRC7

近年稀に見る強さの台風だという

朝から天気は大荒れだった

電波の影響で映像乱れる箱の中でニュースキャスターがそんな風に囃し立てていた

中々に古めかしい造りの我が家としては、台風なんてものあんまり嬉しくは無いのだけれど

そんなものが接近しているある日のこと

10月初旬、それと一緒に喜屋武汀がやってきた


 「何やってるの?」

軒先で一言

とりあえず、何だか私はそう言いたくなった

こいつの顔があんまり暢気に見えたので

外はもう結構な暴風だというのに、何故だか頭の先からつま先までをびっくりするくらい水で滴らせていて

どういうわけか傘なんて物は見当たらなくて、とにかく何せ濡れ鼠のようで酷い有様だと私は思った

そして、そんななりをしているくせに私へ向ける笑顔だけは以前と変わらずそのままで、いつも通りに喜屋武汀で

汀の格好と笑顔と外の様子がそれはもう驚くくらい噛み合っていなかった

だからだろうか

ちょっとだけ、そうちょっとだけ

その光景が私の胸にちょっとつっかえたのだ



そんな事があったのが今から約30分ほど前

外は相変わらずの様子だったけれど

取り合えずは汀にお風呂に入ってもらって、私はというと居間でそわそわ時間を持て余していた

畳の上に正座の格好で、汀が出るまでは口寂しくなるだろうからと思って淹れた玉露茶を湯飲みに手を添えずずっと喉へ流し込む

 「はぁ、何と言うか私も。」

そんな自分の様子と目の前に配膳されているさっき用意したご飯を見て、何だか自分に苦笑してしまった

 「……現金というかなんというか。」

ずずっと一口、目を閉じる

汀が浴室にひたっている間に湯加減はどうかと扉越しに聞いたら

何をどう話したらそうなったか、実は夕飯がまだだという風に話は進みそれならばと私は考え

その結果が目の前に並ぶ一品物の数々というわけだ

ずずっともう一口

とは言っても、きゅうりとわかめの酢のものだとか、冷奴に生姜をきざんだものだとか、簡単なものばかりなのだけれど

おかずは昼食用にと用意したキンメダイを煮付けたものが残っていたのでそれを流用させてもらった

ずずずっともう一献

これは正直うまくいったと自分でも思う、うんうん、みりんがよかった、砂糖とみりんを上手い具合に利かせることが出来


571 :名無しさん@ピンキー:2009/10/08(木) 21:45:48 ID:FtlAMRC7

 「オサー、おーい聞こえてる?」

 「みみ、みぎわっ。一体いつから?」


びっくりして背筋がぴんっと張りびくっと体が震えた

気がつけば私は後ろから汀に絡め取られていた

 「いつって、ついさっき。あ、お湯ありがとうね。そうそうオサってば正座で湯飲み持っててさ、何だか楽しそうな顔してるんだもん。」

会話になっていないような日本語になっていないような返答をつらつらーっと勢い話されてしまった

いや、まぁ汀らしいのだけれど、それでいいのだけれど、私も慣れてはいるのだけれど

 「楽しそうって何よ、楽しそうって?」

 「んー、すっきりした顔?私は満足していますーみたいな。あっ、あの顔はもしかしてオサってば自慰行……。」

 「だまりなさい。」

まったく、何だというのだこいつは

風呂から上がるなりいきなり下世話な

頭の中で本気で怒っている訳では無いにせよそんなことを思いながら

 「で、こんな日にどうしてまた?」

とは言っても慣れっこなのでいつものように平静を装った

これは私としても知っておきたい所ではあるし

というかちゃんと言葉にして聞かせて欲しいのは私のわがままなんだろうか

 「まぁまぁそんなことよりオサ、こんな日であるそんな今日の日にオサってば家で一人?」

 「…………。」

何となく、何となくだけれど首筋あたりで私を髪の毛と頬と唇でくすぐる汀にじとーっとした流し目を送った

分かっていますよ?こんな流れでも結局の所は私が折れてあげるのだけれど、これくらいの事は二人の間でじゃれあいのライン……だと思いたい

 「お祖父ちゃんは町内会の防災関係で泊まり。」

 「おぉ。」

おぉって何よ、おぉって

 「夏姉さんは学校で防災関連の仕事。」

 「ほぉお。」

ほぉおって何よ、ほぉおって

 「ナミーは?」

 「ナミは綾代のとこ、今日は帰れそうにないって。」

相変わらず猫のように身体を擦り付けてくる汀にされるがままの正座に湯飲みのスタイルで応える

 「ってことは今日はオサ一人?」

 「そうよ。」

 「オサ、お祖父ちゃんは?」

汀の右手が私の髪を掬った

 「町内会。」

私は答えた

 「オサ、剣鬼は?」

汀の左手がお腹をさすり胴に絡む

 「学校。」

 「オサ、ナミーは?」

私は湯飲みを置いて汀に身を委ねる。お風呂上りの汀の体温が温かい

 「綾代んとこ。」

それを合図として抱きすくめられ、汀のその唇が首筋から私の耳元へ

そして私を誘う優しい声

 「オサ、オサは?」

私は応えた

 「汀と一緒。」


それを聞いて汀はいつもよりにまーっとした改心の笑みを深くして、その笑みを零れるようにしながらこう言った

 「Happy Birthday、オサ。」

って。