486 :名無しさん@ピンキー:2008/09/21(日) 04:23:28 ID:tiQHIiRo


 雨がしとしとと降り続けている。


 もうすっかり秋の空気に移り変わり、多少の肌寒さを感じさせる。

 そんなひやりと冷えた空気が止まる部室では、普段の少女の行動からは信じられない光景になっている。


「百子ちゃん……本当に宜しいのですか? 保美ちゃんの事を……」目の前で肩から僅かに服をはだけさせる少女に問をかける。

「良いんです……ざわっちは……あたしのこと……」目の前の少女は目に涙をこらえるように、唇を噛みしめる。

 今にも泣きそうな表情なのに、瞳には潤みすら見あたらない

「百子……ちゃん…」

 私は少女の名を呟き、片方の手を背中へ、もう片方の手で頭を撫でながら、心の奥底に秋の雨を降らせているであろう少女を自らの胸に抱きしめる。

 そう、この可愛い後輩の想い人で、姉妹のように仲の良かった片割れは既に梢子さんとの恋仲に発展していた。

 既に部内では周知の仲ではあるのですが、同じ部屋でもある彼女は、きっとそれ以上の何かを察したのだろう。

 部活が終わり、皆が引けた部室で何か言いたそうにそっと、私の袖を掴んだ。

 その時の表情に何か感じるものがあったので、普段は元気有り余る可愛い後輩にも過去に自分が経験したのと同種のものを抱いているのではないかと勘ぐってしまった。

 きっと、自分の手ではどうしようもない寂寥感で心が押しつぶされそうになっているのだろう……

 あのとき、私には手を差し伸べてくれる人は居なかった。けれどもこの後輩には……同じ悲しみを追って欲しくない……

 そっと抱き寄せた少女は無言で私の背をギュと掴む。その力が想像以上に強く、思わず声が漏れる。

「っ……も、百子ちゃん、痛っ……」

 ふと目を落とすと、私の胸に力強く顔を埋める少女の頭と、自らはだけさせた肩が覗く。

「姫先輩……あたし、あたし……ざわっちが……」

 漏れる独白。私は目に入った少女の頭に軽く手を載せ、優しく髪を梳き、強く抱きしめる少女とは逆に体の力をふっと抜く。

「百子ちゃん…」

 そう少女の名を呟きながら髪を撫でる。

「つらかったのですね……」

 そう言って、もう片方の手では少女の背をあやすように撫でる。

「百子ちゃん、今なら……誰も居ませんし…… 泣いたっていいのですよ……」


 すると少女から、僅かに嗚咽が漏れ始め、やがてそれは大きな嗚咽になる。

 今まで、降る事さえ許されなかった、心の内に宿る雨、遙か天空に貯まり続けた秋の雨はセキを壊したように一気に降り続けた

 私の胸に少女の瞳から零れ続ける雨がびしょりと濡らし続けていく――


487 :名無しさん@ピンキー:2008/09/21(日) 04:23:58 ID:tiQHIiRo


 ――「くすん……」

 私の胸で涙を流し続けた少女、貯まりきった雨雲の雨はやっと流れきったのか、私の胸から離れ赤くなった目を擦る。

 ぺたりと床に座り込んだ少女

「あっ……あの、姫先輩……その」

 指を自らの目の前でもじもじと絡ませながら、ほぼ、同じ目線の私に上目遣いで私を見つめる後輩

「どうしました? 百子ちゃん?」

 私は出来るだけ優しい表情、穏やかな心境を持って少女に接する。

「あっ……えっと、その…胴……着……すいません!」

 バツが悪そうに言う少女

「ふふっ、良いのですよ、可愛い後輩のためですし」

 きっと、感情をぶつける先が無かったのだろう、私と同じ想いをさせなかっただけでも、この時間は大切な価値があったのだ。


「えっと…姫先輩…その…手…繋いでも良いですか?」

 おずおずと手を差し出す少女。思いもしなかった提案に、私は僅かに思案し……

「えぇ、どうぞ」

 そう言ってスラと手を差し出す。


「姫先輩の手……温かいです……」

 触れあう手、この思いをぶつけきった少女の手にも温かさを感じる。


 いつの間にか秋の雨はあがっていた。