蒸し暑い世界に目が覚める。夏特有のこの暑さは少々鬱陶しい。
体が汗を描いて気持ち悪さを感じながら、身を起こした。
「…あつっ…」
夏休み…といえば、学生にとって天国とも言えるかもしれない。
しかし、天国と同時にこの暑さは地獄なんではないだろうか。
そういえば、南国に住む彼女はこの暑さの中でも元気でいるのだろうか。
蝉が五月蝿く鳴き続けている中、梢子はボンヤリと思った――。
今日は部活もないので、今日の分の課題を早めに済ませる事にした。
暑いのは変わらないが寝着から着替えて顔を洗うとさっぱりとした気分になる。
扇風機をつけて机に向かう。課題といっても高校3年生の課題の量などたかが知れているのだが。
カリカリと書く音と、蝉の声、扇風機が動く音だけが今自分に聞こえる音。
静かだと思った。音はするのに人の声がしない、静かな世界。
お祖父ちゃんも今日は友人の所に遊びに行っているので家には自分だけだ。
人がいない事を自覚すると、何故だか少しだけ寂しい。どこの子供だと自分を叱咤する。
彼女がいれば、しつこい程に自分を構ってくれるのに――って何を考えているんだ自分は!
余計な事を考えないうちに、集中して式を解くことにする。
最近、自分はおかしい。ひとりになる事にひどく臆病になる。敏感になる。
あのまとわりつく腕が恋しいと思うなんてどうかしている。
あの憎たらしい笑顔が見たいと思うなんてどうかしている。
あの自分を振り回す言動を聞きたいと思うなんてどうかしている。
集中しようとしても出来ない事に自然とため息が出た。
彼女は仕事で今は遠い所――彼女の故郷にいる。会いたいなんて言えるわけがない。
鬼切り部。鬼を切る業を背負う者達。彼女もその一人で、私の事を見る暇なんて本当はないはずだ。
なのに、彼女は何時も私に触れてくるからおかしくなってしまった。
その声で私を縛り付ける。その言動で私を振り回して離さない。
「………はぁ」
――恋しいと、今度は素直に認めた。ひとりの時ぐらい、意地を張らないでおこう。
ペンを投げ出してその場にごろりと寝転がった。扇風機の風と、窓から吹き込む風が蒸し暑い中でも心地いい。
先刻払った筈の眠気がぶり返してきて、それに逆らう気力も今の私にはなくて――眠気に誘われるまま、私は目を閉じた。
「オーサ」
揺れる。揺れる。
波に私は揺らされている。
「何時まで寝てんの。剣道部部長がだらしないわよー」
憎たらしい、でも心地良い声に揺らされる。
声――声!?
「………え?」
「あぁ、やっと起きた。何回も呼び鈴鳴らしたのに出ないから勝手にお邪魔してるわよん」
目を開けると――そこに彼女がいた。恋しいと想っていた彼女がいた。
夢ではないかと思ったが…その憎たらしい笑顔と、自分を揺らす手は本物で。
「なん、で…汀が…」
「ん、あぁ…仕事が早めに終わったから、特急乗りこんで帰ってきちゃった」
照れくさげに頬を掻きながら汀は言う。帰ってきた、と。
ココが――私が、汀の帰る場所だと自惚れてしまいそうになる。
苦しい。心がざわめく。彼女の帰る場所は遠くの鬼切りが集う場所のはずなのに。
「そ、それにしても勝手に入ってきて…。不法侵入で捕まるわよ」
「えー。だってあのままじゃあたし、外で熱中症になって倒れてたかもしれないしー?」
「南国育ちがだらしないわよ」
「ここの暑さとアッチの暑さの種類は違うってことで」
きっとムスっとしかめっ面をしているであろう私の顔を見ながら汀は笑っている。
憎たらしい猫のような笑顔。私を振り回す言動。…むかつくけれど、心が満たされる。
「それにさ、オサが寂しがってるかなーって思ってミギーさん急いで帰ってきたんだけどー?」
「……っ!!!」
ニヤニヤ顔のまま、汀がからかうように私に言葉を投げかける。
何時もなら怒鳴るか殴るかして汀を黙らせるのに――今回は図星過ぎて、言葉も動きも止まった。
「ん?あれあれ、オサ?本当に寂しかっ――」
「み、汀の馬鹿!!!」
顔を覗き込もうと不用意に近づいてきた汀を怒鳴りつけながら抱きしめる。
今度は汀の言葉と動きが止まった。
そんなの気にしない。離れていた分を取り返そうと汀に密着する。
「ちょ、ちょちょちょ、オサ!?」
「…ばかぁ」
ぎゅーっと強く、強く抱きしめる。子供みたいな自分が恥ずかしくて、でもすぐ傍で感じる暖かさに安心して涙が出てくる。
これほどまでに自分は汀の事を恋しいと――好きなのだと、実感した。
それなのにコイツは…へらへらとして!!!
「オサ、ちょーっと苦しいんだけど…ちょ、まじで…」
「五月蝿い!ひ、人の…気も…っ…し、知らないでぇ…!」
「あー…えと、うん…ご、ごめん」
泣いている私に気づいたのか、汀は優しく抱きしめ返してくれた。
宥める様に撫でて来る手が恥ずかしいけれど、心地良くもあって心臓がドクドクと早くなる。
頬も熱い。汀に触れるとすぐ赤くなってしまう自分の顔が憎らしい。
「…オサ、寂しかった?」
「…ぅー…」
聞くな、と髪を掴むと汀は笑った。いつもの意地悪な笑顔じゃなくて、ふにゃりとした幸せそうな顔。
そんな顔、いきなりしないで欲しい。ぎゅっと心臓が掴まれたように感じて息苦しい。
「ね、オサオサ」
「……何よ」
汀が言いそうな事は予想できているが一応言葉を促してみる。
汀の幸せそうな顔が直視できなくて、でも見ていたくて、視線が落ち着かない。
「チューしていい?」
「………ダメ」
「わかった」
私の素直じゃない言葉に彼女は頷いて――無理やり、私の唇を奪った。
何が「わかった」だ。全然分かってないじゃないか。
「ん、ちょ…みぎ…ん…ふっ…!」
「………」
汀は何も言わない。何も言わないまま、私の中に入ってくる。
私は拒めない。拒むどころか、汀を求めるように強く汀の服を握った。
「ふぁ…ぁ…ちゅ…んん…」
私が思考が奪われる。
舌が絡み付いて、引きずり込まれて、甘く食まれる。
私の理性が奪われる。
服の中に潜り込んできた手を私は拒めない。
「はぁっ…み、ぎわ…」
「オサ、寂しかったんなら素直になった方がいいわよ?」
二人の間に透明な糸を残しながら、唇が離れる。
汀は素直になれという。でも素直になってしまったら――きっと、この後も彼女を放さない。彼女から離れない。
そんなの…迷惑になるに決まっているのに。
「オサはもう少し我侭言ったほうがミギーさんとしては嬉しいんだけどね」
「っ…で、でも…ぁ…や、だ!」
汀に押し倒されて、顔面にキスの雨を降らされる。まるで素直になれと促すようにそのキスは優しくて、思わず顔を背けた。
それでも、汀は許してくれない。背けられた顔にキスをしながら、服を捲くってくる。
露にされた胸に汀の指が滑ってびりっとした電流が私の中に流れた。
「んっ…!」
「素直じゃないオサも可愛いんだけどさ…我侭いうオサはもっと可愛いと思うだよね」
「はっ…ぁ…!」
滑っていた指が、今度は揉むような動きに変わって私をどんどん追い立てる。
汀の手は暖かくて、気持ちよくて、頭がその事だけしか考えられなくなる。
それでも私は意地を張り続けている。
「う…ぁ、や…ん…ぅ」
「ねぇ…オサ、どうしてほしい?」
「…ぅ」
そんなこと…聞かれても困る。
どうしてほしいかなんて決まってる。決まってるけど言い出せない。
もっと触ってなんて言えない。もっと欲しいだなんて言えない。
素直になんかなれない…のに。
「言ってくれないと分からない」
「…ぅ、ぅう…」
素直になんか―――。
「オサ…言って」
「……し、い……汀、が…欲し…い」
ぽつぽつと言葉が胸から溢れて止まらない。
優しい目で、優しい声で、私を促すから。優しく触れる手で、私を解き解すから。
「傍に、いて欲しい…はなれ…たくない…」
ぽろぽろと目から流れる涙が頬を伝っていく。
汀が仕事へ行っている間、どれだけ寂しかったか。どれだけ不安だったか。
また、大切な人がいなくならないかと。どれだけ孤独を恐れたか。
「…うん、あたしはオサの傍にいる。オサにずっと、あたしをあげる」
「う…あ…」
優しい笑顔で汀は私の涙を舌で拭った。しょっぱい、だなんて呟いて、私を抱きしめる。
胸の枷が取れたように感じて、折角拭ってくれた涙がまた溢れ出す。泣き止もうとしても止まらなかった。
「オサの泣き虫ー」
「う、るさ…ぐすっ…」
「…でも、そんなトコも可愛い」
恥ずかしくなって顔を隠そうとするけれど、汀が邪魔して泣き顔をまじまじと眺められた。
「ぅー…」
「今可愛い顔してるって自覚、オサにはないんだろうなぁ…」
「ない、わよ…そんなの!」
「オサらしいといえば、オサらしいけど」
にやりと、悪戯猫の笑みを汀は浮かべた。
その笑みのまま、汀の指が私のホットパンツの中に潜り込んできて、思わず身をこわばらせる。
汀は気にせず、私の一番敏感な所に触れてくる。
「や…み、みぎ、わ!」
「ん?なぁに、オサ?…あたしが、欲しいんでしょ?」
耳元で囁かれる言葉に頬が熱くなる。思わず違うと言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
間違いではない。欲したのは私。汀が与えてくれるのなら、私はそれを受け入れたい。
そう望んだのは――私だ。
「ぁ…はっ…ぅ…」
「オサ、気持ちいい?」
「そん…なのっ…わか…ぁ…て…る…くせ、に…」
少ししか触れられてなかったのに、私の中は既に汀を求めている状態で。
そこに求めていたものが触れるのだから…満たされるに決まっている。
「みぎ…わ…まって…服、汚れちゃ…」
「ここはオサの家だからいつでも洗濯できるし、気にしない気にしない」
「ば、かぁ…あぅ!」
服を捲くられ半脱ぎの状態は動きにくくて、そのせいで汀に何時も以上に好き勝手にされている。
胸の敏感な先は舌に、下の敏感な突起は指で、汀の好きな様に弄られ、私は声をあげさせられている。
せめてもの抵抗にくしゃくしゃと髪を掴んでみたけれど、それも汀を感じられる事の1つだと気づいてまた体の奥が熱くなった。
くちゅりと水音が段々大きく響いてくる。それと同時に私の息も荒く、落ち着かなくなってくる。
「は、あ、ひぁ、っ…!」
「オサ…可愛すぎ…っ…ちょっとミギーさん止まんないかも…」
近くで感じる汀の息遣いも自分と同じ様に荒い事に気づいて、ぎゅっと心臓が掴まれた。
汀も、ちゃんと私を感じてくれている。私の中に入ってきた指で、私を感じてくれている。
「みぎわ…みぎわぁっ…!」
「オサ、あたしのオサ…」
叫ぶように彼女を呼びながら強く抱きしめて求める。汀も片手で痛いほど抱きしめ返してくれる。
男女のようなつながり方ではないけれど…今、私と汀は確かに繋がっている。心も体も、アカイイトで結ばれている。
汀の指が私の奥を押し上げて、私の意識を上へ上へと追い立てる。
意識が真っ白に塗りつぶされていく。それでも、汀を感じていたくて必死にしがみついた。
「オサ…」
「あ、あ、ぅ…んんっ…!」
攻め立てながら。追い詰めながら。汀は私の唇を再度奪った。
声が彼女に奪われる。私の意識ごと彼女に奪われる。
「ん、ふ、ぁ…ん―――!!!!」
真っ白になった意識の中で、彼女の温もりだけを感じていた――。
「汀の馬鹿」
「うん」
「汀の馬鹿」
「うん」
ぱちゃりと水音を立てて汀は不満げに呟く私を抱きしめてくる。
あの後、二人して汗びっしょりになっていたので汗を流そうと風呂に入っている。
一緒に入ろうと誘ったのは汀で、最初は断ったけれど体に力が入らない私を強制連行したのだ。
「汀の馬鹿」
「オサ、さっきからそればっかりなんだけど…」
「だって馬鹿なんだもの」
ひどーいと彼女は嘆く真似をする。
それでも私を抱きしめている腕は動かず、私に心地よい温もりを与えてくれている。
「ねぇオサー」
「何?」
ごろごろとじゃれついてくる汀が猫みたいだと思いながら言葉を促す。
ぎゅっと抱きしめていた力が強まって、更に肌が密着する。
「あたしだって寂しくないわけじゃない」
「…うん」
「だから、もっと頑張って仕事とか…早く済ませるから」
「…うん」
仕事の度に私はまた寂しい思いをするだろうけれど。
それでも、彼女は早く帰ってくるといってくれた。
それだけで私は安心する。汀の帰る場所はココなのだと嬉しくなる。
「オサももっと素直に私を欲してよ」
「…………努力、してみる」
「うん♪」
そういった私に、彼女はふにゃりとまた幸せそうに笑った。
だから――。
「………汀?」
「ん…何、オサ?」
まぁ、とりあえず。
「……キスしたい」
素直になる手始めに、汀にしてもらいたい事を伝えてみることにしよう――。