「メエェエエエエエエエエエエン!!」

バシィっと鋭く面を打つ音。

竹刀をぶつけ合う音や胴を打つ音、剣道らしい鋭く気合の入った声。

夏の暑い体育館の中で、青女の剣道部は今日も練習に精を出している。

「……折角の夏休みなのに相変わらず気合の入ってる事で…」

そんな中、あたし――喜屋武汀は体育館の壁にもたれてのんびりとしていた。

一応道着に着替えているが、練習をするつもりはないので傍に竹刀さえ置いていない。

それでも1年や2年がしょっちゅう傍に寄ってきてはアドバイスを求めてくるのは、あの夏の剣道大会の活躍のせいだろう。

そんなあたしに怒った顔をした少女が近づいてきた。

少女の名前は小山内梢子。通称オサ。生真面目で頑固な剣道部の部長。そしてあたしの――。

「汀、やる気がないなら帰ってもいいのよ?」

「そんな冷たいこと言わないでも良いじゃなーい。確りアドバイスだってしてるし、サボりじゃないわよ?」

真面目な彼女はあたしの態度にご立腹だったみたいだが、あたしの言葉に深くため息をついた、

どうやら諦めたらしい。まぁ何回も同じやり取りをしていれば当たり前だろう。

それにしても今日は特別オサの機嫌が悪い気がする…。

「もう…全く…」

呆れた顔で、それでもそれ以上の文句を言わないのはすでに自分という存在を分かっているから。

何を言っても飄々とかわしてしまうのだと思っているのだろう。

それでも放っておけないと思っているのだろう。


そう思われるよう振舞ってきたのだからあたしとしては満足だ。

そうなるように仕組んできたのだからあたしとしては満足だ。


しょうがないなと諦めて、それでも少しだけ拗ねた可愛い顔はあたしだけに向けられるもの。

憎憎しいのに憎みきれなくて、好きなのに中々認められなくて、もどかしそうに向けられる視線もあたしのもの。

彼女の好意も、その中に潜む様々な感情も、あたしだけのもの。

そんな風に思っている事など、彼女はきっと知らないだろう。

彼女にも周りの人達にも猫みたいだといわれるあたしが、こんな独占欲を持っていることなんて微塵も思っていない。

だからあんなに無防備にあたし以外の人にも可愛い顔をさらけ出す。

「…オサってばほんと鈍感よね」

ほら、今だってやすみんに優しく笑いかけてくれちゃって…やすみんったらぽけーっと見惚れちゃってるし。

ももちーだって騒ぎつつもやすみんと一緒でオサに視線釘付けだし。

姫さんに関してはもう隣にいるのが当たり前。オサのフォローに徹してる良妻ポジションについてるし…何だか悔しい。

「……ふぅ」

ソコまで考えて、思わずため息が漏れる。

ミギーさんともあろう者が何でこんな子供っぽい感情を抱いているんだろう。

あたしは鬼切。鬼を切るのが仕事。こんな事で精神を乱されちゃこれからやって行くことなんかできない。

…なのに、オサはそんな事などお構い無しにあたしの心をかき乱す。

「本当に振り回されてるのはどっちなんだか…」

傍から見るとあたしがオサを振り回しているんだろう。振り回しているという自覚もある。

だが肝心な所ではあたしがオサに振り回されている。此方の都合など考え無しに、彼女はあたしの思考を振り回し、心をかき乱す。

素直に認めるのは癪だが、彼女の方があたしよりも心がずっと強い。だから弱いあたしは振り回される。

今だってそうだ。オサという存在があたしの心を占領して、それしか考えられなくなる。


だからオサにも…あたしだけを見て、あたしだけの事を考えて、あたしの存在のみを感じて欲しい。


子供のような独占欲。幼稚な嫉妬心。あたしの目の前で他の誰かに笑いかけるな。仲良くするな。

そう叫べたら楽なのにあたしは叫べない。笑顔の仮面をべったりと貼り付けてまたアドバイスを聞きにきた1年の相手をして誤魔化す。

幼稚な自分の嫉妬などオサに知られたくはない。

オサの前では彼女にずっと気にかけて貰える様な捉えどころのないあたしでいたい。

それでもまだムカムカと体の中で渦巻くこの感情にあたしは微かに眉を顰めた。

あたしの目線の先には凛々しく竹刀を振るオサがいる。真っ直ぐで鈍感でへたれで可愛い彼女。

こんな気苦労をさせられた仕返しをしてやろうと思いついて、オサにバレないようにニタリと笑みを浮かべた。

そうと決まれば部活が終わるまで、ちりちりと胸を焼く独占欲を我慢しながらひたすら待つことにした。




「お疲れ様です、梢子先輩」

「梢子さん、お疲れ様です」

「オサ先輩、お疲れでーす!どうです、このあとハックにでも皆で行きませんか?」

「皆お疲れ様。そうね…もうお昼だし、ハックで少し腹ごしらえするのもいいわね」

部活が終わったら終わったでわらわらとオサに人が集まるのはもはや仕様だろうか。

先生と明日の打ち合わせをしていたオサやオサを待っていたあたし以外の者は既に私服に着替えており、帰る準備は万端だ。

それに折角の夏休みだし、部活が終われば遊びに行きたいものだろう。

だけど、オサを連れ出されてはあたしが困る。というわけで、オサを確保する為にわざとらしく皆の中に割り込んだ。

「はいはーい、お疲れ様。んでもってオサちょっと貸してくれない?」

「む、何かオサ先輩にご相談ですかミギーさん!」

「まぁそんなとこね。んじゃ悪いけど借りるわねー」

「ちょ、ちょっと汀!?何勝手に…!」

抗議するオサをずるずると部室へと引きずりながらにこやかに百ちー達に手を振る。

やすみんや姫さんの目が何処となく怖いが…まぁ、そんな目で見られるような事をするのだから気にはしない。

「あぁ。戸締りはあたし達がするから先帰っといて。話長くなるだろうから、ね?」

「………むぅ、分かりました」

渋々、と言った感じで百ちーが頷いたのを満足げに見て、あたしは部室の扉を閉じる。序に鍵も確りとかけた。

そして引きずってきたオサはというと……。

「何のつもりよ、汀!」

ぎろりと自分を睨みつけつつ、不満そうに壁にもたれかかっていた。

まぁいきなり本人の承諾なしに連れ去られれば当たり前か。

「だからちょっと用がねぇ」

「…用って何よ」

むすっとしたままのオサの返答は投げ槍だ。

それでも話を聞こうとしてくれている彼女はやはり優しい。

「いやぁ…今日も練習お疲れみたいだからマッサージでもしてあげようかと」

「…は?」

「だ、か、ら、マッサージ。気持ちよくなれるわよ?」

わきわきと手を動かすと、オサにとても冷たい目で見られた。うーん、流石にだまされないか。

「汀…言いたい事がそれだけなら私は帰るわよ」

「そんな冷たいこといわないでよー」

「ちょ、汀!抱きつくな!!」

扉に向かおうとするオサを抱きしめて身動きが取れないようにする。

腕の中のオサはじたばたと暴れるけども、力だけならあたしの方が上だ。

「みーぎーわー!!」

「んー、オサってば道着似合うわよねー」

「な、何よいきなり…」

抱きしめたまま突発的なことを言うあたしに僅かに赤面する彼女が可愛い。

あたしの一挙一動に振り回されるオサが愛しい。

「似合うから…今日は脱がすの止めとくわ」

「っ!?だ、だから何言って…!?」

これ以上の言葉は不要と、オサの唇を奪う。

腕に中で暴れるオサの力が強くなったが、此方も抱きしめる力を強くして抵抗を押さえ込む。

オサの唇は柔らかい。暖かい。心地よい。

なるべく離れたくなくて、唇をくっつける様にして角度を変えてまた奪う。

抵抗する力も、意思も、全てを奪い尽くす。

あたしもオサも、こうなるとお互い止められない事を知っている。

あたしがオサに覚えさせて、オサがあたしに覚えさせた事。

「ふっ…んぁ…」

力なく開いた唇から侵入したあたし自身を彼女に絡ませる。オサのそれは抵抗もなくあたしを受け入れた。

抵抗していた体はいつの間にかあたしに寄りかかっている。とろんとした目は抵抗の意思を浮かべてはいなかった。

「っ…オサ…」

「何…で…いきな…り」

それでも、彼女は素直に認めるのが嫌なようで理由を求めてくる。

理由なんてちっぽけなものだ。ちっぽけな独占欲から生じる支配欲だ。

彼女が誰のものであるかを確認する為の行為だ。

「…オサの道着姿があんまりにも可愛いんでムラムラしちゃったから、かな」

「…ばぁかぁ」

力なく髪を掴まれて思わず笑みがこぼれる。可愛い行動をしているという自覚はあるのだろうか。

馬鹿といいつつも触れてくる彼女の耳を軽く食むと息を呑む音が聞こえる。

舐める。噛む。息を吹きかける。あたしの行動でオサの声が変化していくのが嬉しい。

「や、だ…汀、耳、やぁ…!」

髪を軽く引っ張られて耳から唇を離すとオサがほっと息を吐いたのが分かった。

「オサってば相変わらず耳弱いわねー」

「うー…」

ニヤニヤとした笑みを浮かべているだろう自分の顔を悔しそうに見つめるオサにドキリとする。


あぁ、もっとこの顔を自分のものにしたい。

あたしの前にだけ浮かべる顔を浮かばせたい。


「オサ、床に寝かせちゃうけどいい?」

「……う、ん」

寄りかかったままのオサの体を床に優しく寝かせて、あたしはその上に覆いかぶさる。

今オサが見つめているのはあたしだけ。今オサが感じているのはあたしだけ。

その現状に自然と笑みが浮かぶ。

「…何…笑ってるのよ」

「んーん、別に何でもないわよ」

力が入らないなりに睨みつけてくるオサを誤魔化しながら、そっと道着の袂から手を入れて胸に触れる

少し手に力を入れると柔らかくその形を変えた。今度は強めに揉むとオサの体がぴくりと震えたのが手から伝わってきた。

「み、汀…ぁ…」

「ん?痛かった?」

「ちが…んっ!」

オサの言葉を遮るように硬くなってきた先を指で挟むと上ずった声が耳を刺激する。

その声を聞くたび、もっと、もっと、と際限なく求めてしまう。その声を聞きたいのだと願ってしまう。

少しだけ道着を肌蹴させて、今度は唇で胸に触れる。

唇の触れた先から脈打つ心臓を感じる。これがオサの命の源。血を巡らせる器官。

もっと感じていたくて先を口に含むようにして胸を食む。

「んぁあ!」

声を上げて震えた体はあたしに押さえられていてあたしの行為を邪魔するに至らない。

髪を掴んでいた手に力が篭って更に胸に押し付けているのをオサは分かっているだろうか。

口の中で舌を使って先を転がすとまた声が上がる。ちらりと視線をあげて顔を見ると耐える様に真っ赤な顔が見えた。

あぁ、この顔を見れるのはあたしだけで良い。この声を聞けるのはあたしだけで良い。

「オサ、今可愛い顔してるの分かってる?」

「そ…なの…わかんな…ぁ…!!」

あたしの道着と髪を必死に掴んで彼女はあたしから与えられる波に抗う。

抗わなければいいのに、彼女は抗って抗って自ら追い込んでいく。

いっそ全て脱がせて、オサを丸ごと感じさせてやろうとは思うが…何となくもったいない気がする。

それに今日は脱がさないと言ったから脱がさないで置こう。

道着姿で乱れるオサなんてレア以外の何者でもないし。

「な…んか…変な事、かんが…え…てる?」

「考えてない考えてない♪…ほら、オサ。足開いて」

袴の隙間から片手を差し入れて内股を撫でると反射的に足を閉じようと身動きしてくる。

でもそれはムリな事だ。あたしが確りと足の間に陣取って足を閉じるのを防いでいる。

「だーめ、オサ。あたしを拒むのは許さない」

「ぅ…汀ぁ…」

目に浮かんだ涙を拭う様にキスをすると甘える様にオサは擦り寄ってくる。

多分無自覚にしているんだろうけれど、あたしはこの瞬間が一番好きかもしれない。

残った片手で抱くように抱きしめるとオサは嬉しそうに目を細めた。

全く…無自覚な笑顔というのは罪だ。こんなに可愛い顔があたし以外に見られるなんて耐えられない。


オサはあたしだけのものだ。


「ぁ!や…ふぁ…ぁ…!!」

「オサ…可愛いオサ…」

内股を撫でていた手は下着の中に潜り、彼女の中心を撫で上げる。

少し指を動かしただけでも聞こえてくる水音にあたしは満足する。

彼女があたしを感じてくれている証拠なんだから嬉しいに決まっている。

彼女の水にすっかり濡れてしまった指で、今度は彼女の中を探る。

まずは1本、暖かく包まれた指を動かすとオサが必死にしがみついてくる。


可愛い。可愛いあたしのオサ。


「あ…ふぁあ!」

指を離すまいと吸い付いてくる中で彼女の一番感じる場所を見つけた。

好機とばかりに指を増やし、そこを重点的に攻める。指の締め付けがきつくなって、それが逆に心地良い。

「や、や、だ、そこ、あ、ひぁあ…!」

強めに擦るとびくびくと彼女の腰が揺れ動き道着越しでも痛いほど背中に爪を立てられた。

彼女が上り詰めていく。快感の波に浚われていく。あたしは指の動きを止めない。

「あ、あ、ぁあ―――!」

息が短く浅く乱れる。力の入った四肢は強張り、快感の波に彼女の意識が飲み込まれた。

何となくそのまま彼女が飲み込まれていくのも癪で、オサを痛いほど抱きしめた。

「……ん…」

彼女の達した瞬間。力の入らない腕で微かに抱き返してくれた事が、とても嬉しかった――。




あたしだけの可愛いオサ。

いっそ閉じ込めておければいいけれど、きっとオサは怒るからやらない。

いっそオサ以外の人間を排除できればいいけれど、きっとオサは怒るからやらない。

こんな考えも鬼切とあろう者が何を鬼みたいな物騒な考えをするのだと叱られそうだから言わない。

あたしはオサに振りまわされっぱなしだ。そしてあたしもそんなオサを振り回す。

「オサ」

「――、――、――」

あたしの腕の中で短い眠りに落ちている道着姿のオサに思わず頬が緩む。

着乱れた道着から覗く白い肌にまたむらむらと自分の奥底が刺激されるが流石に我慢する。

「オサ…」

「…み、ぎわ…」

うっすらとあたしの呼び声に応えて開いた目はぼんやりとしながらもあたしを見つめていた。

オサの手が頬を撫で、あたしの唇を撫でる。

「…あんまり…他の子の…傍にいないで…」

「え?」

ぽそりと呟かれた言葉に頭が真っ白になった。

恥ずかしそうに、でも少し拗ねた顔であたしの道着に顔を埋めて顔を隠そうとする。

「今日だって…後輩の子達と…」

「いや、まぁ、アドバイス求められたからねぇ…ってオサ。ヤキモチ?」

「………しらないっ」

べしべしと殴られた。結構痛い。

それでも頬が緩んでくるのは気のせいではないだろう。

オサ、あたしが後輩たちと一緒にいるとき、あたしと同じ様に考えてくれた?

あんなに機嫌が悪かったのはやきもちを焼いていたからだと思ってもいいんだよね?

「オサオサー」

「…な、何よ!」

「ちゅーしていい?」


オサ、あたしだけのオサ。


「……か、勝手にしなさい」


あなたはあたしだけのもの。


「うん♪」


あたしもあなただけのもの。