/* キ ャ ラ 崩 壊 注 意 */




「それにしても暇ねぇ」

「またトランプでもしますか?」

「うーん、昨日あれだけやったから、さすがにもういいわ……」

 

 夕餉を終え、風呂の順番が回ってくるのを待つだけとなると、都会と比べて娯楽の少ない

 咲森寺に合宿に来ている梢子たちは、昨夜と同じように暇を持て余していた。

 昨夜に比べて部屋の中が随分と静かなのは、現在咲森寺に寝泊まりしている人間では姦しさ

 ランキングNo.1の百子が入浴中で、No.2の汀が何かの用事で外出中だからだろう。

 ちなみにランキング最下位のナミは、慣れない環境で疲れてしまったのか、

 早々に櫂を漕ぎ始め、今は布団で寝息をたてている。

 

「では麻雀などいかがでしょう?」

「え……?」

 

 意外な人物からの意外な提案だった。

 

「綾代って麻雀とかできるの?」

「はい、基本的なルールと役ならわかります」

「保美は?ルールとかわかる?」

「はい、百ちゃんに教えて貰って、寮生で集まって何度か遊んだことがあります」

 

 こちらも意外だった。

 

「でも麻雀なら牌とか必要なんじゃないの?」

「必要な道具は和尚様に先ほど貸して頂きました。なんでも、象牙製の牌だそうですよ」

「梢子先輩、麻雀やりましょう!」

 

 何故かひどく乗り気な二人。

 梢子としては、保美も綾代もこういった遊びには疎そうなイメージがあったのだが……

 

「そうねぇ……」

 

 同意を求められた梢子はと言えば、正月などで親戚が集まると、

 頭数合わせに面子に加えられていたので、そこそこの実戦経験が無いわけではない。

 しかし、問題が有るとすれば……彼女は絶望的に運が悪いのだ。

 

 

‐やってみる‐

‐やめておく‐

 

 

◇やってみる

 

「わかったわ。麻雀、やりましょう!」

「はい!」

 

 梢子の参加表明に保美はとても嬉しそうに頷いた。

 たとえ運が悪くとも、勝ち負けには拘らず、見慣れた面子との珍しいゲームという、

 ちょっとした非日常を楽しめばいいのだ。

 それに、話を聞くだけならば二人ともどうやら初心者。

 悪運でも十分勝負になるんじゃないかという打算も少々。

 

「百子はどうする?保美の話だとルール知ってるみたいだけど」

「そうですね、百子ちゃんはお風呂から上がったら参加するか聞くとして、

 先に三人で始めてしまいましょうか」

「そうね、暇だし」

 

 こういった遊びに目が無い百子の事、梢子たちが麻雀をやっていると知れば

 否が応でも首を突っ込んでくるだろう。

 

「それでは、牌を混ぜたりして五月蝿くしちゃいますから、部屋を移しましょうか」

 

 気配り上手の副部長はどんな時も周囲への配慮を忘れない。

 咲森寺の別の部屋へと河岸を変え、ゲームを始める事となった。

 

  ・

  ・

  ・

  

 牌を並べ、賽を振って親を決める。

 席決めは飛ばしてしまったが、特に問題はないだろう。

 

「綾代が親ね」

「はい、がんばります」

 

 かちり、かちりと小気味良い音と共に山から牌をツモっていく。

 目標数まで牌を取り終えて、各自手牌を理牌する。

 

 

 三七九25(1)(4)(6)(9)南西白中

 

「うわ……」

 

 こういったゲームに関する、梢子の運は相変わらず絶望的だった。

 因みに風牌が北で、ドラが一つも乗っていないのは言うまでもない。

 

「では、始めますね」

 

 梢子が自分の配牌に辟易していると、綾代の宣言によってゲームの開始が告げられた。

 しかし、配牌はあくまでも配牌に過ぎないのだ、勝機は未だに山の中に埋もれていると信じるしかない。

 彼女の場合、例え埋もれていても、堀り当てられた試しは数えるほどしかないのだが……

 

  ・

  ・

  ・

 

「あ、保美ちゃんのそれ、ロンです」

「あー、あたっちゃいましたかー」

 

 東一局が始まってものの数分で綾代があがりを宣言した。

 倒された牌を見てみると、タンヤオのみという随分と安い手。

 自分で初心者だと言っていたが、無欲な綾代らしいあがり手……なのだろうか。

 

「それでは保美ちゃん、一枚脱いでください」

「仕方ないですよね……『ルール』ですから……」

「ちょ、何で保美が服を脱ぐのよ!?」

 

 おもむろに服を脱ぎ出す保美を目にして、慌てて梢子は二人を問いただす。

 ひどく嫌な予感を感じながら。

 

「なんで?と聞かれましても……」

「脱衣麻雀だからに決まっているじゃありませんか」

 

 二人ともとても良い笑顔で説明して下さった。

 

「(は、はめられた……ッ!)」

「「(さぁ、ここからが本当の勝負です!)」」

 

 こうして今、卯奈咲で一番熱い脱衣麻雀が、ここ咲森寺の一室で開幕したのだった。

 

  ・

  ・

  ・

 

「ツモ、ピンフのみです」

「ロン!白のみ!保美、脱ぎなさい!」

「梢子先輩のそれロンです!トイトイホーのみ」

「うぅっ……」

 

  ・

  ・

  ・

 

 ロンであがれば直撃を喰らった者が、ツモならば自分以外が一枚服を脱いでいく。

 従って、脱衣麻雀に高い手は必要ない。

 早あがりと、いかに振り込まないかが全てである。

 さらに季節は夏、あまり多くの衣服を身に着けていない上、面子も三人となれば

 半刻も経たないうちに勝負は最終局面に移行していた。

 もちろん着衣的な意味で。

 

 現在の状況は、綾代が初心者とは思えぬ脅威の読みで無傷。

 保美はワンピースを着ているため、肌の露出自体は少ないが、

 下着の類は既に脱いでいるため、あと一度でも直撃を喰らうかツモられれば全裸である。

 保美と綾代に集中的に狙われた梢子は、タンクトップとショーツを残すのみとなっていた。

 

「梢子さん……かわいいです……」

「う、うるさいわよ!保美!次で終わらせてあげるから覚悟なさい!」

「わたしも負けませんよ!」

 

 斯くしてゲームは進む。

 梢子と保美にとって、もう後がないこの局面を制したのは――

 

「梢子先輩!ロンです!」

「ぅあぁぁ……!」

「(保美ちゃんグッジョブです!)」

 

 脱衣麻雀の女神は保美に微笑んだ。そんな女神がいるかは知らないが。

 

「梢子さん『ルール』ですから」

「うぅぅ……」

「………」

 

 小山内梢子、完全に涙目。

 綾代は普段見れない梢子の涙目に「眼福、眼福」といった具合でホクホク顔になっている。

 しかし、勝利者であるはずの保美は、何か考え事をしているような表情で沈黙していた。

 

「さあ、梢子さん、上にしますか?それとも下からですか?何ならわたしが脱がしてあげましょうか?」

「ひ、一人でできるもn…で、できるわ!」

 

 脱衣麻雀の異常なテンションに毒されたのか、上か下のどちらかの裸体を晒さなければならない

 事実がショックだったのか。

 梢子は若干の幼児退行を起こしていた。

 

「(なっちゃん……綾代の眼が怖いよ……)」

 

 もはや自棄気味な梢子がタンクトップに手をかけたそのとき――

 

「梢子先輩、ストップです」

 

 先ほどまで沈黙していた保美が制止をかけた。

 流石に敬愛する先輩の裸体を晒すのは憚られたのだろうか。

 

「いまのは無しで良いんで、靴下をはいてください」

「「!?」」

 

 そんなことはなかった。

 先の沈思黙考は敬愛する先輩によりマニアックな要求を突きつけるか、

 ストレートに裸体を拝むかの葛藤だったのだ。

 

「や、保美ちゃん!梢子さんの生胸が確定だったんですよ!?

 それに次にあたったら保美ちゃんだって全裸じゃないですか!?」

「でも!でも、裸に靴下だけの方か8倍ぐらい興奮するじゃないですか!」

「そんなの保美ちゃんだけですよ!」

「靴下だけなんですよ!?全裸靴下ですよ!?」

 

 どうやら保美にとって、全裸靴下にはどうしても譲れない拘りがあるらしい。

 そんな保美に圧され、綾代も梢子の全裸靴下化について検討を行うことになった。

 構築されるイメージ。シミュレートされる可能性事象。

  

 

  普段からの弛まぬ稽古によって、引き締められたしなやかな梢子の肢体。

  しかし、出るところはしっかりと出ている反則っぷり。

  その表情は普段の梢子ならば絶対に見せないだろう怯えたような上目遣いであり、

  瞳には羞恥の涙が今にも溢れんばかりに……

  両の手で必死に大切な部分を隠そうと身体を掻き抱くも、肌を包み隠す物は足先の靴下しかなく――

 

 

 斯くして綾代が結論を口にするより早く、より分かり易い肯定の証が示された。

 チカラの《チ》であり、イノチの《チ》

 綾代の鼻腔から滴った鮮紅の情熱が、保美への賛同を、どんな演説よりも雄弁に物語っていた。

 

 

「あぁ……梢子さん……可愛い過ぎます……ハァハァ」

「綾代先輩、綾代先輩!戻ってきてください!」

「……はッ!」

 

 身体をくねらせながら妄想の世界へ旅立ちかけていた綾代の意識を、

 保美が身体を揺さぶる事で呼び戻す。

 梢子は内心「そのまま帰って来なければ良かったのに……」と、毒づいていた。

 

「分かりました、保美ちゃん、全裸靴下目指して頑張りましょう!」

「はい!」

 

 がっちりと手を取り合う二人。

 今ここに「変態的嗜好は伝染する」という嫌な事例が示されたのだった。

 

「わ、私の意志は!?」

「計画には賛同しましたけど、私としては普通に脱いでいただいても構いませんよ?」

「くっ……!」

 

 人類に逃げ場無し。ついでに拒否権も無し。

 結局、梢子は服を脱ぐ代わりに靴下をはくという要求に従った。

 

「さ、何だかんだで残りの局も少なくなってきましたし」

「そうですね、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう、梢子先輩」

「(あと一回、あと一回ツモるか保美からあがれば……!)」

 

 脱衣麻雀で賭けるのはそれぞれの衣服。

 その性質上、面子の内いずれかが全裸となれば対局は終了せざるを得ない。

 しかし、彼女は失念していた。自身の絶望的な悪運を……

 

「梢子さぁん、それ、ロンです」

「そんなっ……」

 

 捨牌からは全く読めない、完全な死角からの直撃。

 やはり綾代はただ者ではない。

 彼女の言を信じて初心者と見くびった時点で、梢子は術中にはまっていたのだ。

 

「今度こそ、ちゃんと脱いで下さいね……」

「い、いや……」

「自分で脱ぐのがイヤでしたら、私が手伝ってあげますよ?」

 

 発音こそ疑問形だが、その実、有無を言わせぬ強制だった。

 梢子の服を脱がすべく、綾代はまるで、猫科動物の如きしなやかな動きで梢子に摺り寄っていく。

 迫られた梢子はじりじりと後ずさるしかなく……

 

「ひ……っ」

 

 そのまま背後の襖まで追い詰められてしまう。

 目の前には熱に浮かされたような瞳の綾代。

 気が付けば保美まで迫ってきていた。

 今捕まれば服を脱がされるだけでは終わらない事は、火を見るより明らかだ。

 

「大丈夫ですよ……痛くは……しませんから」

「先輩……すぐに気持ちよくなりますから……」

 

 十指をわきわきと厭らしく動かしながら、満面の笑みの二人がゆっくりと近付いてくる。

 そんな光景が既視感を伴って、記憶の海に沈めたはずのトラウマを抉る。

 

 『梢ちゃん、ぬぎぬぎしましょうね〜……ハァハァ』

 

 怖い。半端なく怖い。

 最早これまでかと諦めかけたその時――

 

 

「みなさん!あたしを差し置いて麻雀に興じるとは、一体どーいう了見……なのです……か……?」

 

 

 突如梢子の背後の襖が勢い良く開かれると、邪魔者――もとい、救いの手は現れた。

 入浴を終えた百子が、保美たちの所在を尋ね、別部屋で麻雀を行っていると聞いてやってきたのだ。

 そして麻雀会場に来てみれば、半裸の梢子に今にもルパンダイブせんばかりの二人――

 

「も、百子っ!」

「!?」

 

 梢子に縋りつかれる事で、フリーズしていた百子の意識に再起動がかかる。

 

「ざわっち、姫先輩……これは……?」

「見ての通り……とはいかないかな……」

「ただの脱衣麻雀ですよ?」

 

 ただの脱衣麻雀って何だ。

 

「百子!百子!やすみと……あやしろが……」

「(あ……っ)」

 

 トラウマを抉られ、更に幼児退行が悪化する梢子。

 そんな梢子に上目遣いで見つめられた百子の庇護欲が、強烈に刺激される。

 あの凛々しいオサ先輩が、これではまるで捨てられた子犬ではないか――

 

「……ごくり」

「……?」

 

 「ギャップ萌え」というものがある。

 普段は凛々しい先輩が天然ボケをかましたり、不良少女が動物に優しかったりすると萌えるというアレだ。

 そして百子は、後輩の自分に縋る涙目の梢子という、

 普段ならまずあり得ないシチュエーションにそれはもう萌えに萌えていた。

 

「オサ先輩、あたしが守ってあげますー!!」

「百子っ!」

 

 ひしと抱き合う二人。動機は兎も角として、救いの手は差し伸べられた。

  

  ・ 

  ・ 

  ・ 

 

「つまり、オサ先輩があがられて、上下どちらかを脱がなければならない……と」

「はい、『ルール』ですから」

「……わかりました」

 

 綾代に事の経緯を尋ねた百子は、寝間着の裾に手を入れると、自分のショーツを脱ぎ去った。

 

「これをオサ先輩の分としてカウントしていただけませんか?」

「でも、百子ちゃんは参加者ではありませんから……」

「では今から参加させて下さい。とは言ってもあと一枚で全裸ですが」

「良いでしょう。その代わり、梢子さんか百子ちゃんのどちらかが裸になったら、

 二人でいろいろして貰います」

「いろいろって何ですか!いろいろって!?」

「ふふっ、色々……です。保美ちゃんもそれで構いませんか?」

「はい、麻雀はみんなでやった方が『色々』と楽しいですから……」

 

 こうして百子を加えて脱衣麻雀は再開される。

 

「百子……巻き込んで……ごめんね……」

「良いんですよ、オサ先輩。それにあたし麻雀強いんですから!

 うちの田舎のお祭りでやる、神前麻雀大会では負けなしだったんですよ!」

 

 今明かされるオハシラサマ祭祀の真実 。

 

「オサ先輩、勝ちますよ……!」

「……うん」

 

 賽は投げられた。交戦規定は唯一つ。

   

   ―― “生き残れ” ――

 

 果たして百子と梢子は、この悪夢のような雀卓から生還することができるのか――

 

「(この場を切り抜けるには流局させるか、ざわっちと姫先輩からあがるしかない……

  とは言え、ざわっちも全裸手前……やはり狙うは無傷の姫先輩……でも……)」

 

 山の半分程を消化した卓上。しかし、綾代の待ちは歴戦の百子をしても全く読めない。

 

「(姫先輩……強い……ッ!)」

 

 そんな百子の心中を見透かしているように、綾代は微笑んでいる。

 百子の脳裏をよぎる最悪の結末――

 

 『二人でいろいろして貰います』

 

 ――蘇る綾代の言葉。

 

「(このままじゃ、二人でいろいろ……あたしと……あたしと……オサ先輩が……?)」

 

 先程の梢子の姿を思い出す。

 怯えた子犬のような表情。その瞳は涙で潤み、

 半裸の状態まで追い詰められながら、何故かまだ残している靴下……

 

 そう、「変態的嗜好は伝染する」のだ。

 

  ・

  ・

  ・

  

「オサ先輩、それ……ロンです」

「百子!?」
















/*ごめんなさい。いろいろごめんなさい。でも読んで下さって有難うございます。

ネタ元の登場人物の名前が桜井美保だったり奈良だったり、アカアオと微妙に繋がりが…ごめんなさい。

ちなみに根方クロウ流の奥義は蛇神クロウクルウにあやかってヘビ式を採用して…ごめんなさい。

 

なお、この次の局で綾代先輩が四暗刻をツモであがって、三人とも全裸にされたそうです。*/