「百子っ!」

後ろから裸のまま抱きつくオサ先輩

私の気持ちも知らないでっ!

「私たちの……見てたんだ……」

「その…… ごめんね」

そう言って 私の涙を拭ってくれる 指は…ざわっちので濡れていた

「な…なにが御免なんですか? ざわっちはオサ先輩が好きだから」

「その……百子は……」

「えいっ」

そういって振り向き、オサ先輩の唇を奪った……(これがざわっちに触れていた唇……)

柔らかい、吸い付いてくるみたいだ…このままはなれたくない

「もっ、百子!?」

「オサ先輩は……オサ先輩は、ざわっちのこと誰よりも大切にしてくれるんですよね! 私がどんだけ、ざわっちの事を想っても、ざわっちはオサ先輩が好きだから

  だから私、ざわっちが幸せならっ!」


そういって私は叫んだ、感情の制御ができない 大粒の涙が出てくる


梢「百子、その……私は誰よりも保美を大切にするわ、約束する…だから」

そういってオサ先輩は私を抱きしめてくれた、私の顔にあたる胸が温かい……



ーーーーーーーーーーー


ピチャクチャ

「あぁ〜、はぁ、はぁ んっ……」

深夜、空気が氷のように止まり、静けさのみが支配する時間

部屋に濡れた音と、荒い吐息が漏れる

一所懸命に、音を出さないように行為にふけっているのはわたしと相部屋で二段ベッドの下に居るざわっち事、相沢保美

ざわっちは、この夏、彼女の騎士様を見つけた。過去に亡くしたと思っていた、初めてできた友達

思い出の中にのみ美化され残る存在が、生きて、それも本当に騎士のような美麗な姿になって戻ってきた

ざわっちは先輩を追うようにして、剣道部に入り、そして、合宿から帰ってきた時には二人の間には他の人が入り込めない空気が漂っていた。

そうなれば当然、いくとこまでいくわけで…… 最近、私はざわっちと先輩が行為にふけっているところを目撃してしまった。

そのときは先輩が…… ざわっちに触れていたままの姿で、私を慰めてくれた。 なんとか気を落ち着かせたわたしはその場から逃げるように去り、先輩とはそのまま微妙な関係が続いている。


わたしは当事者のうちの一人であるざわっちの事に友達以上の好意を持っている。おそらくこの気持ちは……オサ先輩にも絶対負けてない

そのざわっちが現在、一人行為にふけっているわけである……当然オサ先輩、小山内梢子先輩を胸に想いながら


(ざわっち、わたしの事にも気づいてよ!)そう心の中で叫ぶ


ピチャペチャピチャ 段々濡れた音の時間の間隔が早くなってくる それと共に押し殺していた声も、殺しきれない部分が出てくる

「あっ、梢子先輩、んっ、気持ちいいっ、気持ちいいですっ! んーっ!」


(やめてっ、聞きたくないよ、ざわっち……)

(わたしじゃ……ダメなのかな……)


(きっとダメなんだろうな……)そんな考えが頭によぎり、目から涙が零れてくる

なんでだろう、ざわっちは幸せで、わたしはそんなざわっちを見てるだけで幸せなはずなのに……


「あぁ、わたしっ、んっーーーーー……

そういって押し殺された荒い吐息が止み、濡れた音も止んだ


深夜の止まった時間に戻る 窓の外に目をやってみると眩しいくらいに、蒼い月光が差している

わたしはざわっちをどうしたいんだろう…… いや答えなんてとっくに出てるんだ……そんな事を考えながら夢の世界へと沈み込んだ


翌日

「今日はそこまでっ!」

よく通る声で、道場に響く

黄昏の陽が差し込む時間、活気ある声が止み、部員の皆が片づけに入る

片付けが終わり、徐々に部員の姿が減っていく

「オサ先輩、この後ちょっと良いですか?」

ざわっちは事前にオサ先輩が保健室で看病したみたいで、道場には居ない

「えぇ…」語尾が多少弱めに頷く


西日が道場を唐紅に染め上げる 100年も待つような気分だ……

とても永い時間が経ち、誰も道場に居なくなった。


「オサ先輩、わたし…… ざわっちの事…好きですっ! 例え、ざわっちがオサ先輩のことしか目に入らなくても、わたしは……」

「でも、ざわっちが幸せそうに微笑むのはオサ先輩にだけで…わたしに向けられるのは一番の親友としてだから……」

「だから……だからわたしっ! ざわっちのこと困らせたくない……」そういって私は崩れ落ちる あれ?いつからだろ涙が止まらない


「百子っ!」

オサ先輩が受け止めてくれた 胴着の独特の分厚い感触、そんな胴着の上からでも感じられるやわらかい胸の感触が私を包む


(うわぁぁああ)声にならない押し殺したような叫びが出てくる

流れた涙がオサ先輩の胴着に染みこんでいく、わたしの想いはオサ先輩がきっと……


「百子、私は誰より保美のことを大切にするわ……卒業したら私は保美と一緒に暮らすつもり…… 家族にも……話したわ…」

ざわっちはその告白を聞いたんだろうか、きっとざわっちは本当に幸せそうに、あの子のことだから涙まで流して喜んだに違いない

わたしはオサ先輩にはかなわないんだなぁ…… 決意でさえも……


オサ先輩はわたしの落ち着くのを待っているのだろう、赤く染まった道場にわたしのぐずる音が静かに吸いこまれていく


どれくらい泣いていたんだろう…… オサ先輩の胴着はわたしの涙で濡れて、ベタベタになっている

「グスッ…オサ先輩、わたし、ざわっちのこと好きですよ……? でもオサ先輩なら…オサ先輩だから……」

さぁ気持ちを切り替えよう これ以上オサ先輩に甘えてちゃいけない、ここはざわっちの場所だから

そう思い、オサ先輩の抱擁を解き、目を擦る あぁ赤くなってるのかな、みっともないな


「オサ先輩、その……胴着 すみません……」

「えっ…… あっ…いいのよ…… それより百子… だいじーー「わたしはもう大丈夫です…… それにオサ先輩ならざわっちの事、安心して任せられます」

「オサ先輩、ざわっちの事、よろしくお願いします! 」そういって頭を下げる

「ざわっちきっと、保健室でオサ先輩の事待ってるでしょうし、はやく行ってあげてください」

「百子……………

   その……ありがとう」そういってオサ先輩は走って道場を後にした


わたしはその場に崩れ仰向きになる 西日で見える世界が赤く染まる

わたしの恋は、終わったんだな…… そう感慨にふける 何か心の中が全て真っ白になったみたいで、妙にスッキリする

もう涙なんて出ない……ただ、今だけはこの伽藍堂になった心に元気を溜めよう……


そうしてどれくらい時間がたっただろうか太陽が一際大きな輝きを放ったかと思うと、その鮮やかな唐紅が徐々に黒に近い燈色になり、色彩が収束されていく

明暗のコントラストだけが表面に出てくる、モノクロームの世界に移り変わる……

私の放心にも近い状態だった身体にもちょっとずつ力が出てくる

「よしっ、いきますか」