820 :ざんの歌 1/8:2008/06/01(日) 12:50:04 ID:7sGIwPoM

宵も深まる頃夏の海風と共に、きいきい甲高い声が屋敷まで運ばれてきた。

耳まで届くのは、ざんの声。しかしそれらは山の猿達が鳴くけたたましい不快な音ではなく、

むしろ童子の笑うような澄んだ声で、どこかに歌うような節があるとオヤスは感じた。


「九郎様、あれが噂に聞く”ざん”なのでしょうか」


九郎、と呼ばれた、白髪の少女にオヤスは問いかける。

いつもの華やかな狩衣ではなく薄紫の質素な寝衣をまとった九郎は、

宵の手持ち無沙汰に刀の手入れをしていた手を止めて、隣の彼女の見ている視線の先を追った。

オヤスの視線の示す先、ただ静かに月に照らされゆらめく海から、

時折黒い影が天まで届かんとばかりに勢いよく飛び出しては落ちてゆく。

その姿はなんとも美しく――――しかしあれは違うと、ゆっくりと頭を振って九郎は答えた。


「あれらはただの魚だ。彼奴ら、人魚どもの歌にすっかり舞い上がっておるのじゃ」


「ざんの歌で魚も躍るのですか?」


「事実、踊っているだろう」


「楽しそうですね。九郎様も踊りませんか?」


「誰が踊るか、ばか。―――それより、ざんは海のもっとも深いところで歌っていると聞くな」


「…水の中で歌っているのに、声は届くのでしょうか」


「知らんよ」


九郎は手入れの終わった刀を鞘に丁寧にしまうと床にごろんと寝転がり、それから大きなあくびをひとつした。

転がる前に、頭の高いところで結っている髪を解いたので、絹の糸のような長い髪が床にふさりと広がった。

オヤスも共に寝転がろうかと思ったが、ひょっとしたら人魚達が気まぐれを起こして

水面まで出てくることもあるかもしれないと、もう少し海を見ていることにした。


821 :ざんの歌 2/8:2008/06/01(日) 12:50:56 ID:7sGIwPoM


きいきい、きいきい、人魚達は相変わらず歌っている。今日は人魚達の宴の日なのだろうか。歌は止まない。

その声はオヤスの耳まで確かに伝わって、けれど姿は見ることは叶わない。

不思議だけれど――――傍にいても伝えられない声があるのと同じだ。


ふいにさびしくなって、オヤスは傍らで寝ている九郎の袖にそっと触れた。

すると、寝転んでいたはずの九郎が目を閉じたまま、小さな声でオヤスと呼んだ。


「…ざんの歌が聞こえるということは、明日は海が荒れるな」


美しい人魚は凶兆でもある。明日はまず間違いなく荒れ模様だろう。

オヤスはざんねんそうに眉尻を下げて頷いた。手はすでに自分の膝に置かれていた。


「明日は海辺まで行こうと思っていましたのに」


「オヤス、ざんを見たいのか?」


「はい」


「……」


少しも迷うことなく正直に答えたオヤスに、九郎は片目を開けて彼女を見た。

何故 と既に分かりきっていることを聞く必要は無い。ざんの肉は不老長寿の妙薬だ。

九郎は彼女がそんなもの、不老不死などを欲する理由を知っていて――――知っているから溜息をつく。



共に生きたいのです



一年ほど前、オヤスの口から直接聞いたその想いを、彼女の黒く大きな二つの瞳は九郎に静かに訴えていた。

けれど彼女の未来を思うと―――不老不死なんてただ苦しいばかりだから

だんまりを決め込むしかない九郎の代わりに、オヤスは口を開いた。


822 :ざんの歌 3/8:2008/06/01(日) 12:51:51 ID:7sGIwPoM



「ざんの肉を食べたなら――――貴女と共に生きてゆくこともできましょうか」


「……オヤス」


九郎は見えないところでぎゅっとその白い拳を握り締める。

それから、息を深く吐いて言い切った。


「ざんの肉は猛毒ぞ。いくらお主の血が濃いとはいえ、それに耐え切れるか」


「九郎様……私は」


確かに不老長寿の妙薬は裏を返せば劇薬だ。生きるにせよ死ぬにせよ、どちらにしろただではすまない。

けれどオヤスはそれに言い返そうとして、しかし何を思ったのかそれを口にはせずにただ唇を噛んだ。

その様子を寝ながら首だけ捻って見ていた九郎はそれを肯定と取ったのか、にやりと笑って体を起こす。

もうこんな話は、仕舞いだ。


「ふふっ、なんだ、なんだオヤス、お主、さびしいのか?」


大人ぶっていてもまだまだ童だな。からかうように言ってから、九郎はオヤスの頬に手を添えた。

オヤスは教養も深い、歳の割には賢しい女子(おなご)だから、こうして言いくるめられるのはさぞや悔しいだろう。

さて、その顔はどんなものかと覗いてみたら固まった。固まったのは九郎のほうだ。


「九郎様は」


オヤスは悔しさに頬を赤く染めたりということもなく、ただ静かに九郎を見据えていた。

まっすぐな瞳に射貫かれて思わず九郎が離した手は、逆に相手に掴まえられて

けれどその手はそっと、壊れ物でも扱うかのように触れてくるものだから九郎はどうにもたまらない。


「九郎様は、さびしくありませんか」


823 :ざんの歌 4/8:2008/06/01(日) 12:52:23 ID:7sGIwPoM


そう言って、オヤスは九郎を引き寄せた。


「あ…」


その手に、自分よりはるかに非力なオヤスの小さな手に、九郎はまるで小さな子供のように従った。

月明かりに照らされた二人の影が重なって、重ねられた彼女の唇の質感と暖かさ、

そして目の眩むようなその甘さに九郎の胸がどくりと鳴った。

啄むような浅い口付けをした後は深く交わる前に一度離れて、どちらともなく吐息が漏れた。


「――――――っはぁ…」


僅かに乱れた息を整えるとオヤスは前の髪を掻き上げてもう一度、と今度は深く口付けた。

彼女の薄い舌が小さく開いていた九郎の咥内へ侵入し、遠慮がちな舌を絡め取る。

オヤスは多少性急な動きで九郎の舌に自分の舌を絡ませ巻きつけては解き、

九郎の中を味わいながら、呑むように、その舌ごと口を吸いこんだ。


「ふぅ――んっんぁっぁ…」


息も吐かせない口付けのため、九郎の口の端からお互いの唾液が混じった津液が、とろりと零れ落ちていく。

苦し紛れにオヤスの寝衣の端を掴むと、オヤスがうれしそうにするのが目を閉じながらも分かったので

九郎は幾分きまりが悪い思いがして、けれど抗議しようと離した唇は、すぐに距離を縮められ抵抗するまもなくふさがれた。

熱い舌に喉の奥から上顎の歯茎の根元までを舐め上げられて、背中の筋がぞくりと震える。


「ぁっ、あっ、オヤス、そこは…!」


やめろ、という前に唇は離れ、しかし安堵するよりもしくは残念だと思うより前に九郎は彼女に押し倒された。

柔らかな布団の冷たい感触。かかるオヤスの体の重みに体は自然と期待に高まる。

一方オヤスは手探りで九郎の寝衣をはだけさせると、月明かりの下であらわになった九郎の、青白い肢体をじっと見ていた。


「……」


「……ぅ」


沈黙が肌に痛い。九郎はオヤスの視線から逃れようと、顔を背けて恥ずかしそうにぼそりと言った。


「……そうまじまじと見るな」


「綺麗ですよ?」


「怒るぞ……っ」


824 :ざんの歌 5/8:2008/06/01(日) 12:53:11 ID:7sGIwPoM


体を起こしかける九郎を制して、オヤスはその体に伸し掛かると、白い首筋に口付けた。

強く吸うと血の赤い跡が滲むように浮き出て、しかし眺めるうち鮮やかな紅は次第と薄くなっていく。


「あ…」


「っ―――オヤス…?」


九郎の鬼の、不老不死の身体のためだ。

白い肌はこんな小さな傷跡をつけられたことさえ、あと数分も経たないうちに忘れるだろう。


「……」


私も、同じなのかもしれない。


それを仕方の無いことと思いつつも、悔しさにも似たもどかしい思いがオヤスの中にふつふつと沸いて出た。

そんな気持ちを押し殺すため、また同じ場所に口付ける。九郎の足が、同じ場所からの熱い刺激に思わずはねた。

今度は深く吸わずに、唇を押し付けるようにしながら肌に舌を這わせ、首から鎖骨、鎖骨から胸へ、下へ下へと移動させる。

そしてたどり着いた胸の先では、乳頭はすでに硬く尖りその存在を訴えていて

オヤスは息もつかずに、右の胸の頂を唇で、歯は立てず甘く噛んだ。


「ひぁっ――」


嬰児のように高い声が、九郎の口から押さえきれずにあふれ出る。

普段飄々とした物腰の九郎からは想像できないような嬌声に、

オヤスの下腹の底は狂おしいほどの熱を帯び、そしてさらなる熱を求めようと

右の手で左の薄い胸を揉みしだき、口の中で右の蕾を、ころころと舌で転がした。


「っっ――――ぁっあっ、あ―――っ!!」


「んっ…九郎様…もっと聞かせて……」


「ぁは…っお…ヤス…ぅっ」


……き、……きぃ…


いつしかあれほど熱心に聞いていた人魚の歌も、オヤスの耳にはほとんど届かなくなっていた。

もしかしたら彼女らの宴が終わっただけなのかもしれないが、もうそんなことはどうでもよかった。

熱に浮かされたオヤスの耳に聞こえるのは、目の前の少女の嬌声ばかりだ。


「ぁ、あぅ…」


「…もう、お辛いですか?」


胸を弄られている九郎の腰が切なげに揺れるのを、上に乗っていたオヤスが感じて、口を一度離して訊いた。

快楽に沈みかけた顔にいつもの強気は息を潜め、その声に九郎はただ力なく頷いた。


825 :ざんの歌 6/8:2008/06/01(日) 12:54:35 ID:7sGIwPoM


「では、九郎様…」


そう言うと、オヤスは指を着物の裾からするりと侵入させ、すでに濡れている所におし当てた。


「…あ」


それだけでびくっと、九郎の体がこれから訪れることへの期待に震える。

オヤスは外に零れた愛液をすくい取るようにして指に絡めとると、彼女の秘裂をゆるゆると前後に撫でた。

指が往復するごとにくちゅくちゅと立つ厭らしい音が九郎の羞恥心を煽るのだが、

オヤスはわざとなのか音を立てるように指を動かし、九郎の濡れ具合を見て微笑んだ。


「九郎様のここ…よくぬれてます」


「…っ……い、言うな…っ」


「ごめんなさい、でも……嬉しい」


「……ぅ」


「それでは………九郎様、挿れますよ」


そう言うとオヤスは良く濡らした中指を九郎の中に押し挿れて、

ぐぐ、と最初の抵抗を除けば九郎の中はオヤスの指をあっさりと受け入れた。


「――っ」


初めてではないが自分ではないものが内部に侵入する感覚に、九郎は全身を震わせた。


「あっ、ぁあっ…オヤス――っ」


「…九郎様の中は……暖かいですね…」


じゅぷっ、ずぷぷっ、卑猥な水音と九郎のあえぐ高い声が耳からも、

止め処も無く熱い雫があふれ出す場所に差し入れしている指からも

それをきゅうと包み込むように締め付ける柔らかな肉壁の温度も、オヤスの心を揺れさせる。


ああ、この熱に溶かされて、九郎様と一つになれたのなら、私はどれだけ幸せだろうか。


826 :ざんの歌 7/8:2008/06/01(日) 12:55:10 ID:7sGIwPoM


「あっ…いやっ……あっあっ」


「……九郎様、もっと…」


もっと彼女の中を味わいたいと、オヤスの指が九郎の中を暴くように蠢いた。そしてしばらくして


「――っ!…んぁあっ!!」


膣内で指先がざらりとした触感を感じたとき、九郎は今までで一番大きく震えた。


「九郎様、気持ちいいですか?」


「ふあっ、あっ、そこは…オヤス!」


探り当てられた所を執拗に擦られて、九郎の中から溢れ出る愛液の量も比較にならないほど増える。

指を抜き挿しするごとに聞こえる厭らしい水音の音量も増していき


「やあっ、ああっ」


そして九郎はいつしか腰を無意識のうちに動かしオヤスの指を貧欲に求めていた。


「も、もうっ…」


「九郎様…っ」


「…んぅっ」


オヤス、と呼ぼうとした唇はその人の唇によって塞がれた。そして


「――――――っ!!!」


声のない叫びを上げながら小さな体をぶるぶると震わせた九郎は、その場にくたりと崩れ落ちたのだった。


827 :ざんの歌 8/8:2008/06/01(日) 12:55:45 ID:7sGIwPoM


◇◇◇



「九郎様…」


オヤスは乱れた息を整えながら、小さな声で九郎を呼ぶ。

達すると同時に気をやってしまったかと思ったが、

見ると彼女はオヤスと同じように肩で息をしながら、薄目を開けてこちらを見ていた。

なにもやましいことはないのに、その瞳にオヤスはどこか居心地が悪くなって、ふいと目を逸らしてしまう。

オヤスが目を逸らすと九郎もまた目を閉じた。


きい、きい、きい


いつしか世界は元に戻って、人魚達はまたこの世界で歌い始めていた。その歌に魚たちが舞い踊る。

九郎はその歌を聴きながら、隣にいる、優しい少女に思いを馳せた。




ざんの肉を食べたなら――――貴女と共に生きてゆくこともできましょうか




ほんとうは嬉しかった。そう言ってしまえたらどれだけ楽かしれない

でも幸せになって、ほしいから




「食うな、オヤス、ざんの肉なんて食うな」


「九郎様」


「苦しんで欲しくない…お主には」


「九郎様、私は―――」


「言うな、もうなにも言わんでくれ……オヤス」


九郎はそれきりもう何も言わなかった。なのでオヤスも、もう何も言わない、言えない。

しばらくすると、疲れきったのだろう九郎の静かな寝息が聞こえてきたので、

目を閉じて、オヤスは眠る九郎の呼吸をいつまでも聞いていた。


どうしようもない。傍にいても伝えられない声はあるのだ。姿無き人魚の―――あの、ざんの歌と同じように。


九郎を深い夢へと誘うように、それを見守るオヤスを眠らせないように、ざんの歌はきいきいと、夜が明けるまで海に響いた。