736 :1/2:2008/05/29(木) 22:34:41 ID:sbz2pzHv

 喜屋武汀は一人、思い悩んでいた。

 悩みの種は、汀が咲森寺で出会った一人の少女だった。

 なんてことはない、普通の少女だ。ちょっと剣道が上手いだけの、普通の少女だ。

 ――いや、普通じゃない。

 汀の頭の中にある、彼女についての情報がそれを否定する。彼女は普通じゃない。

 なぜか《剣》に耐性がある。剣道の形は彼女の親戚でもあった、あの剣鬼にそっくりだ。

それを象徴するかのような、無愛想だが一本気な性格。瞳はまっすぐ前を見つめ、これは

と思ったことは必ずやり通す。自分を飾り立てることには無関心だが、時折見せる女の子

らしい面が可愛らしく、そんな自分を認めたくないのかすぐに反発してみせて――

 そんな具合に、彼女のことばかりが思い浮かんでくる。何かを考えようとすると、いつ

も彼女のことを思い出してしまう。

「あたしが、ねぇ」

 汀は、自分がそんな乙女チックな性格だとは思っていなかった。

 卯良島での事件が解決し、もう彼女と会うことはないだろうと思った汀は、他の多くの

鬼切りがそうしているように、事件に関わった者たちとの関係を絶った。必要以上に他人

との関わりを持つことは仕事に支障をきたす。誰から教わるでもなく、自然に学んだこと

だった。

 あのとき負った傷は、とっくに癒えた。その出来事を、懐かしいと言ってしまっても良

いくらいの時間もたった。

 汀は自分の右手を見つめた。その傷も、もちろん癒えている。間接的とはいえ、彼女が

慕っていた剣鬼に引導を渡したときに負った傷も。人を殺しておきながら、その手はそん

な事実はなかったとでもいうように、その証拠は消えている。

 いや――

 手は覚えていた。どんなに忘れようとしても、関わりを絶とうとしても、その手は覚え

ていた。

 彼女の舌が、唇が、汀の傷を舐め、血を啜った、その感触を。

 汀は、忘れることができずにいた。彼女が自分にしたことを。

 彼女のことを覚えている手が、自分の身体の中心へと近づく。

 さらにそのもうちょっと下、彼女のことを考えると疼く場所に手が辿り着く。

 衣服を脱ぐのももどかしく感じる。心に余裕がなく、さっさと脱ぎ捨てた。

「オサ……」

 彼女の名を呼んでみる。返事はない。あるはずがない。

 指で、自分の秘所を弄る。彼女の舌が這い回ったこの指で、自分の秘所を弄る。

「んっ……」

 彼女のことを思いながら、そこを弄る。

 何度も止めようと思った。一度も止められたことはなかった。

 汀のそこは濡れそぼっている。身体はとっくに自分の行為を受け入れていた。

「んっ……んぅっ……んんっ……」

 いくら声を抑えてみても、彼女の舌の感触を覚えている指で自慰をしていると思うと、

興奮を禁じえなかった。

 人より器用に動くその指を、自分の中に入れる。どうすれば気持ちいいのか、指と身体

は覚えてしまっていた。

「あっ……あぅ……うぅ……」

 出血を伴ってしまうほど深いところには、入れたことがなかった。それは怖かった。

 しかし、もし相手が彼女なら、受け入れられそうな気がした。なにせファーストキスを

捧げた相手なのだ。

「オサ、オサぁ……」

 再び、彼女の名を呼ぶ。

 柔軟体操で彼女と肌を触れ合わせたことを思い出す。しなやかで、しかし強靭な身体。

 彼女の脚をまじまじと見たことを思い出す。美しく、それでいて強い力を秘めていた。

 一緒に風呂に入ったことを思い出す。均整のとれたプロポーションは女性としての美と

機能美を兼ね備えていた。

 彼女とのキスを思い出す。その唇は、温かかった。柔らかかった。

 その唇が自分の指を舐めたことを思い出した。その指が、今は自分を興奮させている。

「オサぁ……」

 一つ思い出すたびに、汀の心と身体を燃え上がらせる。彼女にもう一度会いたいという

気持ちが強くなる。

「オサ、オサっ……!」

 手先と口先が器用でも、火照る身体を鎮める方法はこんなことしか思いつかなかったし、

彼女への気持ちを表現する言葉は一つしか思いつかなかった。


737 :2/2:2008/05/29(木) 22:35:51 ID:sbz2pzHv

「オサ、好きっ……」

 指先に彼女の感触を思い出し、自分の秘所を弄る指を頭の中で彼女のそれに置き換える。

「好き、だよ……!」

 これ以上ないというところまで到達するまで、誰も止めることのない行為は加速する。

「オサ、あっ、あんっ、オサ、オサぁっ」

 今回もまた、その時が近づいていた。

「オサ、オサ、オサぁ……っ!」

 頭の中で彼女と睦みあう姿を思い浮かべながら、彼女は果てた。


「あたしって……」

 またやってしまった。自己嫌悪。

 自分がこんなふうになってしまうなどと、彼女と会ったときは本当に想像できなかった。

 それが、今やこんな――

「何やってんの、あたしは」

 やると決めたら必ずやり遂げる彼女のように、会いたいと思えば会ってしまえばいいの

だ。鬼切りの仕事がどうとか言うことなど気にせずに。

 彼女の勇姿を思い出す。さっきまであんな行為に耽っていた自分が、あの彼女にどんな

面して会いに行けば――

「ん……?」

 あの彼女に――

「あ!」

 思いついてしまった。彼女に会いに行く方法を、思いついてしまった。

 彼女も驚くこと間違いなしの、面白い方法を。

 この方法が成功するとは限らない。党の連中は間違いなく反対するだろうから、そっち

をどうにかしなければならない。今から剣道の技を磨かなければならない。そして、彼女

が全国大会まで勝ち上がってこなければならない。

 だが、自分がそこらの素人に負ける気などしない。

 彼女が負けるはずがない。必ず勝ち上がってくるはずだ。

 ならば、あとは守天党との折り合いだけだ。

 そんなものどうとでもしてやる。

 口八丁手八丁だ。

 思いついたからには、実行せずにはいられなかった。もうじっとしていられない。

「よし、やってみますか」

 彼女に会えたら何と言ってやろうか。今から楽しみになる。

 普通に挨拶するだけじゃつまらない。あたしが勝ったら守天党に来い、なんて言ってみ

るのはどうだろう。いろいろ考えてみる。

 俄然やる気が出てきた。思い立ったが吉日。有言実行。

「……その前に精進潔斎よね」

 成功を祈って身を清めるべく、汀は衣服を整え、風呂へと向かった。