645 :名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 13:31:28 ID:DpMYEwQO

「よっ、オサ。お互い、勝ち残ったわね」


薄暗い場所のせいか人気のない休憩場。

決勝戦間際のにぎやかな喧騒(半分ぐらいは百子だけど)を逃れて休んでいた私に、汀が話しかけてきた。


「汀」


その声を聞いただけで体の中にたまっていた疲れやら緊張やらが、まるで炭酸の泡みたいにどこかへ消えてしまった。

よほど汀の前では私は疲れている様子をみせたくないらしい。正直な自分の体に我ながら呆れながら、私は答えた。


「…当然よ」

「当然、ね。まあ、確かにあたし、は楽勝だったけどね」

「なによ」


つい大きな声で返してしまう。汀の言いたいことが分かるから。

そう、確かに準決勝はかなりぎりぎりだった。正直実力では相手の方が上。

私は終止押されっぱなしだった。それでも勝ったのは運がよかったとしか言いようがなかった。


汀はにやにやしながら、なんでもないと言った。


「勝ちは勝ちよ」


けれど、私がそう言い捨てると、汀が意外そうに目を丸くした。少しだけ、いい気分。


「へえ〜〜」

汀はじろじろ私のことを見ると(まるで悪いものでも食べた?と言いたそうに)

何事もなかったかのように自販機に銀色の硬貨を入れた。

余った硬貨が汀のポケットの中でじゃらじゃら鳴る音と、機械の動く音が狭い空間に響く。

自販機は硬貨を入れると点灯して、日に焼けた汀の顔がわずかばかり青白く照らされた。


「オサがそういうこと言うのは意外だったわ」

「悪い?」

「いーんや? 確かに勝ちは勝ちよ。オサはなにも悪くない」

「…」


646 :名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 13:32:08 ID:DpMYEwQO


それきり汀は黙って、箱の中に整然と並べられた缶たちを眺めた。

青白く照らされた汀の顔は何を考えているか、いつも以上に分からない、

私は別に悪くない。けれどひどく胸が痛んでドキドキする。頬が火照る。

私は買ったばかりの冷たいジュースの缶を握り締めた。


かしゅり、といつの間にか買っていた缶の蓋を汀が開ける。私は知らず口を開いていた。


「私だって」

「…」

「私だって本当は実力で勝ちたかった。きっと実力であなたと決勝戦で会うと決めていた。

……皆からラッキーだったねって言われて悔しかった。私は」

「オサ」

「わたしは…」


汀が笑っていた。泣きそうになっていた声が思わず止まる。

少し離れていた二人の間を一歩、二歩と彼女が縮め、それからゆっくりと両腕を私の背中に回した。

わずかばかりの隙間を除けばほとんど無くなる私と汀の距離。どくん、どくん。

胴着越しに伝わる汀の鼓動と体温に、さっきとは違う理由で私の頬が熱くなる。


「オサは相変わらず不器用ねぇ」

「…わ、悪い?」

「いんや、ちっとも悪くない。変わってなくて安心した。ところで、キスしていい?」


なんとも汀らしい唐突な提案。一応許可をとろうとしているわりに彼女の顔はすでに随分近かった。

どうせ私の言うことなんか聞く気はないのだ。


「なにがところでだ。いいわけないでしょ」


だから私も瞳をとじて、暗闇の中口先だけの抵抗を汀に送った。


647 :名無しさん@ピンキー:2008/05/26(月) 13:32:52 ID:DpMYEwQO


◇◇◇


「なんでそんなにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」

「見て分からんものは聞いても分からん」


好きなのだろうか、去年も何度か聞いたその言葉を言うと、汀はくるりと背を向けた。

嫌な奴、と私はつぶやく。まあね、と汀が笑う。出会ったときからそうだ。

私じゃ汀はつかめないと思っていた。でも、今はあまりそうは思わない。


後ろを向く彼女の耳が、短い髪では隠しきれず真っ赤になっているから。――――もう聞かなくたって、わかるから。


遠くで百子の私を呼ぶ声が聞こえる。「オサせんぱーい!、どこいるんですかー!? もーすぐ決勝始まりますよ!!」

懐かしい無駄に元気な声だ、と笑っていた汀がそうだ、と私に振り返る。


「オサ、そういえばあんたの好きな人のタイプって何だっけ?」


なんのことだ、と思い当たるまでにかかる時間はそれほど多くなかった。

去年の夏、王様ゲームで王のくじを引き当てた汀が皆に聞いて回ったことだ。

汀は自分より強い人だと言っていた。私はなんと言っただろうか? よく覚えていない。

でも返す言葉はもう私の中で決まっていた。


「そうね―――私より強い人かな」


汀がうれしそうに目を細める。


「へえ、じゃあ、あたしなにがなんでも勝つわ」

「私だって、勝つわ。絶対に」


私も嬉しくて笑った。いつしか、汀への虚勢でどこかへ消えたと思っていた緊張がいい具合に体に戻ってきていた。

体のそこからあふれてくる熱いなにかで心が満たされてゆく。


「どんなことがあったって、あたし、勝ちは勝ちと思うからね」

「私は勝っても誇れるような勝ち方をする人の方が好きよ」


ひねくれあって、笑いあって試合会場へ向かう。


「こらぁー!! これから戦うっていう敵同士がなにいちゃついてんですかぁ〜!!?」


そんな私たちを百子が叱咤し、先生や綾代達が呆れたように笑った。