567 :名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 02:46:43 ID:oBfLhokP

 突然ですがこの秋田百子、本日はエイプリルフール……ではないのですが、ざわっちに嘘をつこうと考えている所存にございます。

 もちろん「ざわっちなんて大嫌いだー!」などという卑劣極まりない嘘はつきませんよぅ。当たり前ですね! あと「ざわっちなんて動物性タンパク質にも及ばん!」とかいうことも申しません。まぁそれはさておき……。


 今、あたしとざわっちは寮の部屋にいる。あたしたち剣道部の合宿は早めに切り上げてきたのだ。まぁ要するに、ざわっちとオサ先輩がイチャイチャするのを誠に残念ながら$リり上げてきたのだ。

 時刻は午後十時。あたしはベッドの上に寝転がり、雑誌をパラパラとめくっている。ざわっちも椅子に座って本を読んでいる。もうすぐ寝ようとしているのか、髪はほどいている。

 ……こういう姿を毎日のように見られるのは、あたしだけの特権なのだ。そう、あたしだけの……。

「ざわっち、ざわっち、ざわっちー!」

「え? 百ちゃん、何?」

 あたしはベッドから出て、ざわっちの後ろから声を掛けた。

「姫様、わたくしめとお付き合いしては下さいませんか?=v

 王子様さながらの演技で――演劇部に入らないか、なんて流石に言われたことはないが――膝を付き、瞳を真っ直ぐに見つめ、椅子に座っているざわっちに手を差し伸べた。

 冗談だと思ってくれてもいいのだ。本気じゃなくて、いいのだ。

 でも……いや、もしも、あくまでも、もしもの話だ。本気で受け取ってくれて「いいよ」なんて答えが返ってきたら……。

 いやいや、そんなことは、あり得ない。あたしがよく知っている。

 こんなくだらない嘘≠つくのも、ざわっちの笑った顔が見たいが為なのだ。『百ちゃん面白い』その一言……それだけの為なのだ……。


568 :名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 02:49:02 ID:oBfLhokP

「はい。王子様=v

 あたしより低めの体温。ざわっちの手が、あたしが差し伸ばした手のひらに触れる。

 は? 『はい』?

 待て。冷静沈着に考えて、推理すべし。名探偵はなんとかを怠らない。

 ざわっち特有の天然攻撃なのか? それともノリツッコミ攻撃なのか?

 どっちにしろこっちもノらないといけまい。

 あたしはざわっちの手をきゅっと包み、

「あぁ、小山内梢子という人がいながら、わたくしなんかと……いいのですか?=v

「はい。いいのです=v

 ……オサ先輩よりあたしのがいい、だって……。へへっ。嬉しいなぁ。涙が出てきちゃうなぁ。

 ――ざわっちが泣いている! やりすぎてしまったのだろうか。早く謝らな――いや、少し笑っている。

 これは空想上の王子様とお姫様を演じているだけなのだ。あたしに向けられた言葉でもあり、あたしに向けられた言葉ではない。

 ざわっちったら、演技うまいなぁ。あたしの方が騙されそうだよ。

 これが夢ならよかったのに。きっと夢の中でなら王子様とお姫様は幸せに結ばれて……。

 ……夢の中でなら……。

 ざわっち、演技がうますぎて錯覚しちゃうよ。辛くなってきちゃうよ。

「姫……さ……*ウ理。ざわっち、もう無理〜!」

 泣きたくもないのに涙が溢れてくる。この気持ちを知られてはいけない。ざわっちの悲しい顔なんて、ざわっちの泣く顔なんて! 言い方は悪いが、見る価値無しだ!

「へ、へへっ。笑いすぎて、涙、出てきた」

 笑いながら片手で涙を拭った。

 あれ? 可笑しいな。涙が止まらないや。

 あたしは座り込むしかなかった。

 あたし、どうかしちゃったかな。拭っても拭っても、止まらないんだ。


569 :名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 02:51:08 ID:oBfLhokP

「百ちゃん……?」

「な、なんでも……ないよ、ざわっち……ひっく……」

 あぁ、悲しい顔なんて見たくないと言ったはずなのに。

 あたしの方が泣いていたら元も子もない。

「百ちゃん、無理しなくていいんだよ。わたし、百ちゃんが一人で悲しんでるの、いやだよ。言ってみて。百ちゃんは一番の友達だよ?」

 ざわっちの顔を見たはずなのに、視界はぼやけていて、何も見えなかった。

 一番の友達

 前のあたしなら喜んだだろう。でも今は……。

「わたしに聞かせてみて」

 ざわっち、やっぱり優しい。あたしが好きになったのは、この子、相沢保美なのだと改めて知った。

 でもざわっち、今はその優しさが、痛くて苦しいよ。

 もうダメなら、いっそのこと話してしまおう。

 こんなあたしは、投げ出してしまおう。

 ざわっちの笑顔が見られればそれでいいなんて思ってたけれど。

 あたしは強欲だ。最悪だ。

 嘘なんて、つかなければよかった。

「あたしは、ざわっちが、好き。ざわっちみたいに友達としてじゃなくて……じゃなく、て……!」

「わたしも好きだよ、百ちゃん」

 優しく頭を撫でられる。いつもとは逆だ。

「梢子先輩も綾代先輩も好きだけど、それ以上に百ちゃんが好きなんだよ。さっきだって嬉しくて、泣きながら笑っちゃった」

 照れ隠しをするように、ざわっちは自分の髪を触った。

 ぼやけていた視界はいつの間にか開けていて。

「んっ……」

 ざわっちの身体に抱きついてキスをした。

「えっ……ちょっと、百ちゃんっ?!」

「大好き、ざわっち……」


570 :名無しさん@ピンキー:2008/05/24(土) 02:51:43 ID:oBfLhokP

あたふたとするざわっち……かわいい。あたしは眺めているだけだった。

 でも、いやだったのかも。ざわっちは恋愛対象としてあたしが好きだとは一言も、言っていないんだ――。

「ご、ごめん」

 気付いてから咄嗟に謝った。

 好きでもない相手からキスなんて、あたしがされたら怒りに狂うだろう。でもざわっちは優しい……から……。

「いいよ、百ちゃん」

 ほら、笑った。

 あたしはこの笑顔に甘え、苦しむ。

 この笑顔を独占してしまいたくなるのだ。

 ただの親友≠ネのに。

 友達以上恋人未満。これのことを言うのだろう。

「両想いなら恋人≠ナしょ?」

 あたしは子供っぽい嫉妬に狂う赤。

 真っ白なほど純粋なざわっちはそれに染まってしまえばいい。

 あたしは涙を溢すことしか出来なかった。

 あたし一人では、優しい色は作れない。色を落とすだけ。

 ざわっちがいるから作れる。満たされる。

 そんな、新しいあたしたちの色。