某月某日某時某分。

あたし 奈良陽子は お凛&はとちゃんという、いわゆる「いつものメンバー」で、お凛の部屋に集まっていた。


なぜお凛の部屋か…というと。あたし達3人の中で 一番「良い部屋」なのはお凛だったから。さすが、スなんとかいう国に別荘を持ってるだけのことはある。

…だって あたしの部屋の2倍はあるんだもん。


それはさておき、あたし達が集まってる理由。それは

「夏休みの宿題をみんなで終わらせよう!」

という、あたしのGJな発言が元だった。

もっともあたしの目的は、はとちゃんやお凛の解答を写すことなんだけど。


…まあそんなこんなで ある程度宿題を済ませたあたし達が お凛の淹れてきた紅茶を飲みながらだべっていると、

「わ…もうお外まっくらだよ。ごめん、陽子ちゃん、お凛さん。わたし、もう帰るね。」

はとちゃんがやや慌てた様子で立ち上がった。窓の外は、確かに仄暗い紫色に染まっている。

「えと…それじゃあお先に。またね〜」

小走りでドアに向かうはとちゃん。ドアを半開きにした時、「あっ」と何かに気づいたように振り返って

「お凛さん、紅茶ありがとう。美味しかったよ。」

小さく手を振ると、こんどこそはとちゃんはドアの奥に消えていった。



後からとてとてと、はとちゃんが階段を降りていく音が聞こえる。しばらくして ドアの外には静寂が戻った。


「奈良さんはまだ帰りませんの?」

はとちゃんは帰ったのだから。というように、お凛が聞いてくる。

「あたし?あたしはまぁ…あんたらよりも宿題たまってるし、もう少し写させてもらおうかな」

「あら…少しは自分で勉強しませんと…頭に入りませんよ?」

「ビッグなお世話。頭に入れるのはテスト前だけでいーの。

あたしの借りにしといてあげるから、協力してよぉお凛ん〜」

くねくねしながら猫なで声でお凛に協力を要請する。

「あたしの借りにしといてあげる」とは些か変な物言いだが、

この技の効果のほどははとちゃんで実験、確認済みだ。お凛にも効くに違いない。


「はぁ…仕方ありませんね。それでは宿題を写させてあげますから、

1つだけ、言うことをきいてもらえますか?」

半ば諦めたような溜め息をつきながらお凛が答える。お凛にも、この作戦は有効なようだ。

よし、この作戦を『陽子ちゃん萌え萌えお願い作戦』

と名付けることにしよう。うむ、我ながらナイスなネーミングセンス。

「ありがと〜お凛!大好き〜!!もう何でも言うこときいちゃうよ?」

有頂天になるあたしは、お凛に抱きつく。…ちょっとはしゃぎすぎかも。

…ところがお凛から発せられた言葉は、あたしを固まらせるのに充分だった。




「それじゃあお言葉に甘えて。奈良さん……私に襲われてください。」


―どたっ


聞き返す前に、あたしは押し倒されていた。意外に腕力が強いらしく、掴まれた両腕は動かない。

「ちょ……お凛、何し」

「あら…奈良さんが何でもさせてあげるとおっしゃったのですわ。

ならば押し倒されても…文句は言えないでしょう?」

あたしの言葉を遮って、両腕を掴んだまま お凛は顔を近づける。

「あぅっ…ちょっ、こんなの聞いてない…」

「聞いていなくても奈良さんがおっしゃったのですから。」

そりゃあ、何でも言うことをきいてあげるとは言ったけど、『襲わせろ』なんて想定外だ。

「覚悟は…よろしいですわよね?な ら さん?」

…怖い。誰か助けて。このままじゃあたしの貞操は…


―ちりん。


突然、鈴の音が聞こえた。一瞬 空気の流れが変わる。

……鈴の音?

周りを見渡せど鈴なんか…

「あ」

さっきまであたし達が宿題をしていたテーブルの下に 小さな長方形のもの。

「はとちゃんの…ケータイ…?」

ドジっ娘はとちゃんのことだ。慌てて出ていった時に忘れていったのだろう。鈴は、携帯のストラップについていた。


―ちりん…ちりん。

また鈴が鳴る。振動もないのに鈴が鳴っている。ようやくあたしは「おかしい」と思った。


お凛もそう思ったのだろうか。いったん顔を離し、鈴を凝視する。…手は 相変わらず放してくれないけど。


―ちりん。…ちりんちりん…ちりん。


まただ。携帯のバイブが鈴を揺らしているのか とも考えたが、そんな様子もない。

…すると


「…もうっ!桂!?話をしたい時は鈴を鳴らせって言ったのはあなた……あら?」


画面からフェードインするように、1人の少女が現れた。

左右が赤と黒に区切られ、やけに裾の短い着物を着た少女は、

怒りの対象が見あたらない事に気付き、キョトンとしている。


彼女は……そうだ、思い出した。確か ノゾミちゃん。

はとちゃんがパパさんの実家に行っている時に知り合った(?)、幽霊だか鬼だか。

今は はとちゃんのストラップに取り憑いてるんだったかな?


…そんな事を考えてる場合じゃなかった。なんとかお凛をどかさないと、あたしの貞操が危うい。

お凛がノゾミちゃんに気を取られている隙に逃れようともがくが

今度は完全に覆い被さられてしまい、余計動けなくなってしまった。



滑稽なあたしたちの姿を見ても、気にも留めていないのか

「あなたたちは……凛と、陽子…だったかしら?ねぇ、桂はどこにいるの?」

呑気にそんな事を聞いてくる。まあ 彼女にとっては当然の質問か。

「えと…帰っちゃったよ。…ケータイ忘れて。」

なんてまともに答えるあたしもあたしだけど。

「はぁ…桂ったら、また忘れていったのね…」

また というと、以前にもケータイを忘れていったのだろう。

まったくはとちゃんらしい…とは思ったが、当の本人はかなり迷惑している様子。

溜め息をつくと、ようやくあたし達の「行為」に興味が行ったようだ。

「それで…あなたたちは、一体何をしているのかしら?」

今しか好機はない。とりあえずノゾミちゃんに助けを求めよう。

「ノゾミちゃん、お願…」

「陽子さんを拘束し、唇や乳房などの性感帯を指や舌で刺激して、陽子さんの反応を楽しむのですわ。」

救いを求める声は、呆気なくかき消されてしまった。

あまりに具体的すぎる説明にあたしは赤面したが、ノゾミちゃんは理解できているのかいないのか

「ふぅん…」

と言うだけだった。

…それだけならまだいいのだが、お凛はどうやら

「それだけ」で済ませるつもりは無いらしい。


「ノゾミさんも、一緒になさいません?」


…こいつは本気で殴り飛ばそうかと思ったが 相変わらずあたしはもがくので精いっぱい。お凛が腕を掴み続ける事に疲れる様子は見られない。

「…わたしも?」

聞き返すノゾミちゃん。

「ええ…とても楽しくて…とても気持ちよい事ですわ。」

「それはあんたの主観だろうに…」

嘆くが聞いてもらえない。どうにかノゾミちゃんを説得しよう…そこまで考えた時


「ふふ……それは面白そうね。ちょうどムシャクシャしていた所だし、それではわたしも混ぜてもらおうかしら。」

あたしは 絶望した。



ノゾミちゃんに前を、お凛に後ろをとられ、あたしは動けない。

動かない。と言ったほうが正しいだろうか。両腕はあいているのだが、全身に力が入らず、身動きがとれないのだ。

『さあ陽子…わたしの眼を見るのよ』

ノゾミちゃんの真紅の瞳に射抜かれた途端、全身の力が抜けたあたしは、今の状態に至っている。

「ふふふ……すべすべで綺麗な肌…しっとりしていて柔らかくて…素敵ですわぁ…」

「や…っ…いやぁ…」

「くすくす…桂の血はとても濃くて美味しいけど…

陽子の血は 一体どんな味がするのかしら…?」

お凛は後ろにまわり 服の上からあたしの胸を鷲掴み、乳首をひねるようにこね回す。

ノゾミちゃんは、太股の付け根をなでるように弄る。どこで覚えたんだか、それとなく卑猥な手つきだ。

「ん…はっ…やぁ…っ」

「陽子…あなたの血…飲ませてもらえないかしら」

「ひぁ…あっや…いや…やだぁ…」

「…私も…奈良さんの熱い雫…いただきたいですわ…」

あたしの左肩を掴み、服の襟をずらす。

お凛は後ろからあたしの左肩の首筋を、犬が水を舐めるようにして、舌を這わせる。

「はん……ぴちゃ…ぴちゃ…ん……んふぅっ…」

「そろそろ…いいわよね?大丈夫…痛くはしないから…」

舌を離したお凛の後に、ノゾミちゃんが顔を近づける。

「いくわよ…陽子」

常人よりも少し長い犬歯を突き立て、一度舌で舐めてから…


ぷつ…


「あ…あぁ……っ」

肉が裂け、犬歯の先が突き刺さる感触。確かに痛くはなかったが、熱い血が滲んでいくのはわかった。

「ん…ちゅ…ぴちゃ…んうっ…ぴちゃ……は…

ふふっ…桂の血に比べたら とても薄い味だけれど…

ほのかに甘くて…さっぱりしていて…美味しいわ」

「あん…ノゾミさん、私も…」

ノゾミちゃんが血を舐めているところへ、お凛が乱入する。

あたしの血を舐めとりながら、2人は舌を絡め合う。

あたしの血と、2人の唾液。3人の体液が交錯し合い、卑猥な交響曲を奏でていた。




「んふ…とても美味しいですわ…奈良さんの血液…」

ノゾミちゃんはともかく、人間(?)のお凛が飲んでも「美味しい」ものなのだろうか。

「ほら…奈良さんにも…」

振り向くようにあたしの首をお凛に向けさせ、血の匂いが残る唇を重ねる。

「んっは…んちゅ…はむぅ…ん…」

強引に舌を重ね、あたしの口内を蹂躙する。

お凛の舌に少し残っていたあたしの血が お凛の唾液と共に受け渡された。


…やっぱり 血の味だよ。これ…


不可思議な唾液の味が混ざり 変わった味にはなっているのだが 鉄錆臭い血の味が混じっていることは否めない。

それでもお凛はさも美味しそうに、あたしの舌を舐め回している。

くすぐったいような、なんとも言えないこの感触は 口内だけでなく、あたしの全身に広がっていく。

ぴくん…

と、少し体が跳ねた。

「…ふふ…っ」

それを察したのか、ノゾミちゃんが含み笑いをする。

相変わらず唇はあたしの首筋にあてがわれているが、

彼女の指は 右肩、右胸、右脇腹と、あたしの体を滑るように通り抜けていく。

「そろそろですわね……では、私も。」

ノゾミちゃんのように 右手を下半身に向けて滑らせるお凛。

2人の指はするすると降りていき、あたしのタイトの中で重なって…


くり…


―弾けた。


「ひぁ…ぁああああぁ?!」

激しい快感が全身に巡り、雷に撃たれたみたいに体が跳ねる。

「あら…奈良さんたら、もう達してしまったのですか?」

「ふふふふ……こんなに濡らしてしまうなんて、陽子はいやらしい子なのね…」


達したばかりのあたしに容赦なく、2人は指を動かし続ける。

ノゾミちゃんに見つめられたせいなんだろう、

痛みは感じないのに 肌を伝わる指の感触は何倍にもなってあたしに押し寄せる。

「はぁっ…ぁあ…はぁ……」

「くすくす…達した直後なのに、奈良さんの此処…

こんなに堅くなって、ビクビクしてますわ…」

そりゃそうだ。あたしの感度は普段の何倍。いや何十倍にもなっているんだもの。

「…ひぁ…ああ…っ…ひゃあ…ひゃめぇ…っ」

呂律が回らなくなるほどの快感は、逃げる気を失わせるほど激しくて。




「ん…ちゅ……ぴちゃ…ぴちゃ…」

「はん……んっ…んくっ…ん……」

本当に どうしてしまったんだろう あたし。

あたしの口腔を貪る2人の舌の動きが心地よくて、なんだかどうでもよくなってくる。

この場の雰囲気に流されることを受け入れ始めているのか、あたしの体は新しい快感を求めて波打っていた。

「ん…はぁぁ……。…ふふ…っ…陽子ったら、上も下もどろどろよ…」

「…まだ足りないようですわね……もっと、気持ち良くさせて差し上げますわ。」

あたしはいつの間にか服を脱がされ、半裸になっていた。

「あぅっ!ひ…ぁあん!」

色々な部位を刺激されるたびに、出した事もないような甲高い声であたしは喘ぐ。

あたしの見せる反応が楽しいのか、2人の指撃は止まらない。

「ん……はぁ…素敵よ……陽子……」

「…んふ…好き…好きぃ…奈良さんっ……奈良さぁあん……」

お凛が、あたしの手を自分の秘部にあてがう。

くちゅり……と濡れた水音と共に、あたしの指先がお凛の愛液で濡れる。

「はぁぁあ……ッ!奈良さんっ…いぃ……気持ちいいですわァ……っ」

さらに強く指を押し付け、卑猥に喘ぐお凛。その動きは、次第に早く、激しくなっていく。

「奈良さんッ、奈良さん……!あぁイく、奈良さんの指でぇっ……イきますわぁあ………アぁあぁあぁァっっ!!」

絶頂に達したお凛の愛液が飛沫をあげ、あたしの手に、指先に降りかかる。

「はぁっ……はぁぁぁ……ん…ぴちゃ…ぴちゃ……」

自分の愛液に濡れたあたしの指を、お凛は美味しそうに舐める。

ザラザラした舌の表面が指を這い、くすぐったい。

「んふ……美味しッ……」

「凛…私にも…」

「いいですわ……ふんっ…ぴちゃ…はぅん…ん……」

「んっは……不思議な味………でも、悪くないわね…。

ほら、陽子も…」

「んん?!ふぅん……!」

再び、2人の舌があたしの口内に滑り込んできた。

自由にならないあたしの舌は、なんの抵抗もなくそれを受け入れる。

唾液と愛液が混じった、不可思議な味がした。



2人の舌の感覚に、あたしの理性は少しずつ削られていく。

肌にかかる吐息は、くすぐったいようで…それでいて心地良い。


あきらめにも似たその感覚は、あたしの意識を、心を呑み込んでいく。


ああ、駄目だ。もう……


―ちゃらららーん ちゃらーん ちゃらららーん―


突然、間の抜けたような機械音。はとちゃんが置き忘れた携帯の着メロの音だ。

そしてそれは、微睡みの淵に立ったあたしを呼び覚ました。

―そうだ はとちゃんに助けを―

突然の音に2人も驚いたようで顔を上げ、一瞬だが拘束が緩む。


…今だ。


余力を必死に振り絞って、携帯に手を伸ばす。

あと少し、あと少し。

ギリギリ携帯に届いた手を 思いっきり握り締める。

掴んだのは…


―すかっ


空気だった。


はとちゃんの携帯は、お凛の手の中。

立ち上がってあたしから距離を離したお凛は通話ボタンを押し、

まるで何事も無かったように電話に出る。



「もしもし」

『あっ、お凛さん!よかったぁ…やっぱり私の携帯、お凛さんの家にあったんだね。』

「ええ、私も羽籐さんの携帯の着メロが流れるまでは、気付きませんでしたわ。」


正しくは、ノゾミちゃんが現れた時なのだが。

はとちゃんがお凛の嘘に気付くはずもなく、2人は悠長にそんなことを話してる。


…そうだ、今なら。


大声ではとちゃんに助けを求めたら、携帯から離れていても聞こえるはずだ。

「はっ、はとちゃ…」

「駄目よ、陽子…静かにしていなさい。」

「………っ!!」

視界が、赤い光に覆われる。

それだけで あたしの声は届かなくなった。

ノゾミちゃんの邪視の<<力>>なのだろうか。

まるで喉を潰されたように あたしの声は音となって出てこない。


『あれ?陽子ちゃんもいるの?』

「…奈良さんなら、羽籐さんが出た少し後に帰りましたわ。」

『そうなの?陽子ちゃんの声が聞こえた気がしたんだけど…。

あ、そうそう、家の電話から陽子ちゃんの携帯にかけてみたんだけど、ずっと出なくて…お凛さん知らない?』



あたしはここにいるから!はとちゃん 助けて!!


自分ではそう言ったつもりだった。

でも実際には、あたしの口は一寸たりとも動いていない。


「奈良さん、今日は疲れていたみたいですし……もう眠ってしまったのでは?

無理に起こすのも、奈良さんに悪いですわ。」

『それもそうだね…明日電話しておかなきゃ。

それじゃお凛さん、私の携帯だけど…』

「今夜からではもう遅いですし、明日届けますわ。」

『うん、ありがとう。あっ、ノゾミちゃんはどうしてる?』

「くすくす。羽籐さんに置いていかれたと、怒っていましたわよ?

ノゾミさんは私が面倒を見ますから、お気になさらずに。」

『あうぅ……お凛さん、悪いけど ノゾミちゃんに…』

「ええ、私から言っておきますわ。それでは羽籐さん、長話も何ですし、今夜はこれで…」

『うん、お凛さんありがとう〜。それじゃ、また明日…』

「ええ、おやすみなさい。」


―プツン。


あたしの希望は…ついに絶たれた。

もう明日まで、あたしはここから逃げられないのだ。

「…さて、奈良さん。これで…私たちの邪魔をするものは無くなりましたわ。」

「そうね…。それじゃあ凛」

「ええ……では、ゆっくりと…」

「いただきましょう」


落ちていく、堕ちていく。

太陽が地平線の彼方へと沈んでいくように、あたしの心はおちていく。


そう、太陽は…一度沈んでしまった太陽は、明日の朝まで昇らないのだ。


「……助けて…はとちゃん………」


――沈む太陽が最後に見せる強い光は、そんな儚い輝きで。

…そして、最後の望みであったそれは――


「「…ふふふふふふ…」」


――2つの月にかき消された。