私は、隣に控えるミカゲに呼びかける

「ミカゲ。今日も、その……、しましょう?」

 『今日』とは言ったが、その単語に意味はない。

 太陽の運行も、月の満ち欠けも、この場には何らの意味も持たないのだから。


 ここは、良月の内に広がる空間。ただ、ただ、白い世界。

 私とミカゲ、二人がここに封印されてから、外ではどれだけの時が経ったのだろう。

 数百年――あるいは千年を超えたのか。


 良月の内部は、いわばそれ自体が一つの結界、力ある空間。そこにおいては常時現身を得ていると同然の私たちにとって、それなりに広さのある場に感じられ、閉塞感はない。

 だがそれでも、ただ茫漠とした白が広がる空間で千年に到ろうかという永き時を虚しく一人で過ごしていたら、気が触れたとしておかしくはなかった。

 ――だから、そう。

 私とミカゲ二人の間に、こういう関係が結ばれたのは、ごく自然な成り行きだったのだろう。

「……わかりました、姉さま」

 ミカゲはいつものように控えめに頷くと、スッと私の背後に回った。

 私の肩の上を通して、その両の腕を前に伸ばすと、いきなり着物の胸元に手を差し込む。

「ちょ、ミカゲ。もう少し手順というものを……」

 思わず上げる私の抗議の声は、しかし

「ふふっ。今さらそんな、回りくどい事をする必要がある仲でもないでしょう? 私と姉さまの関係は」

 微笑しながら首筋にふっと息を吹きかけられ、誤魔化されてしまう。

「んっ、はっ……」

 首筋は、私の弱点でもある。情けないもので、それだけであっさりこちらの気分も高まってきてしまった。

 さらに追い討ちをかけるように、ミカゲの手が、掌の腹部分だけを使って、私の胸の表面をサワサワと撫ぜていく。

 柔らかい、平らな掌を使っての撫で上げは、胸の中心にある突起物を特に強く刺激する。

「ふぅ、ん……」

 乳首が少しずつシコっていくのを感じながら、ついつい漏れる淡い吐息。

 しかし、一方的にやられ続ける訳にもいかない。

 胸への愛撫を受けながら、右手をその肩越しに後ろへとソッと回して、そこに立つミカゲの首筋を、琴を爪弾くように指先を使って撫で上げる。

 双子だというのは伊達ではない。私の弱い所はミカゲの弱い所でもあるというのは、この千年で熟知していた。

「んっ。姉さま……」

 背後にいるミカゲの表情は窺えないが、その声に混じる甘い色から、確実に感じている事がわかる。

「はぁ、ふっ……」

「んっ、くふぅ……」

 しばし、互いにかすかな喘ぎ声を上げつつ、それ以外は無言のままに続ける愛撫。

「姉さま……」

 ようやく、ミカゲが切なげな声で呼ぶのを受けてから、私は首だけ巡らせて背後を振り返る。

 そしてそこに、目を細めて口を半開きにし、何かを待っているようなミカゲの表情を確認してから、顔を寄せて口付けを交わした。



「んふぅ、姉さまぁ……」

 口付けを素直に受けたミカゲは、それだけでなくそちらからも積極的に唇を押し付けてくる。

「んむふぅ……。ミカゲ……」

 名を呼びかけながら、こちらも負けじと押し返す。

 結果として、深く、深く口付けられる二つの唇。しかし互いの柔らかな唇はかすかな痛みも伴わず、ただほのかな快感のみを伝えてくる。

 しばらく唇表面を味わってから、私は胸への愛撫を一度払いのけ、身体も回して本格的にミカゲと向き合う体勢を取る。

 私はミカゲの背中に両腕を回すとこちらに抱き寄せて、さらに深く唇を合わせた。

 こちらの背中にもミカゲの腕が回された事を感じながら、唇の間から舌を伸ばして、相手側の口内への侵入を試みる。

 ミカゲも慣れたもので、抵抗なしにこちらを受け入れてきた。それだけでは済まさず、自らの舌を絡めてきさえする。

 ピチャ、ピチャ、と、互いの耳にだけ届く、ミカゲの口内で絡められる二人の唾液が織り成す水音。

 と、突然に全然別の場所で響いたクチュッという音と同時、予想外の箇所に刺激を受け、私はビクンッ、と自らの背筋が跳ね上がるのを感じた。

 気が付くと、ミカゲの片手が私の着物の下側を通って、直接に陰(ほと)を触れている。

「んっ、んぅ、ミカゲッ……」

 先手先手を打ってくる妹にかすかな苛立ちを覚えるが、それを上塗りするに足る量の快感を前にしては、それ以上の言葉は続けられない。

「んふっ、くはぁぁ……っ」

 唇を外して大きく息をつくと、こちらからもミカゲの陰部に手を伸ばし、指先で触れる。

 私と同様に濡れている割れ目、その表面を、ツツと人差し指でなぞっていく。

「はぁ、姉さまぁ……」

 ミカゲは口付けを外された唇を大きく開き、物足りなさげに手を当て自らの指を差し込んでいた。

 それに合わせて、逆の手の指が私の割れ目に分け入ってくる。

「く……っ!」

 一瞬、唇を噛んで快感に耐えようとするが、続けて親指の腹で肉芽を押され、あっさりと口から嬌声が漏れ出てしまう。

「くっふぅぅぅぅ……っ!」

 実際、ミカゲは攻め方が巧すぎる。

 こちらからもミカゲの割れ目に指を差し込み、肉芽をコリコリと弄るが、後手を踏んだ感は否めない。

 自分に込み上げてくる快感をこらえながらでは巧い手管など考える余裕もない。ただ必死の気分で指を動かしてミカゲを攻めていく。

「あ、はぁぁ……。姉さま……、気持ちいいです……」

 目を細めてミカゲはそう言うが、どこまでが本当なのだか判断がつかない。




 と、ミカゲがその顔を傾け、こちらの首筋に寄せると、ツプ、という音と共に歯を立ててきた。

 そこからチュウッと、血の形を取った私の力を吸い上げていく。

「あ、あああぁぁぁぁ……」

 あまりに直接的に力を奪い取られる行為。抗い難い脱力感に私は顔を上げ、開ききった口から意味を成さない音を漏らし続けた。

 こちらが攻める指の動きも止まってしまい、ミカゲからは吸血行為と陰部への攻めで、ただ一方的に嬲られていく。

 そうしていると、やがてミカゲが私の首筋から口を外した。

「ふぅ……。姉さまも、どうぞ……」

 自らの首筋を見せ付けるように、首を傾けてこちらの眼前に示してくる。

 本当に、どうしてこうも先導され通しなのか。

 言いなりになるのも癪だが、吸われっぱなしというのはなお業腹だ。結局はミカゲの言うまま、その首筋にツプと噛み付く事になる。

「ん、ふぅぅ……。ふぁぁ……、姉さまぁ……」

 こちらが血を吸う間はミカゲからの攻めが止まり、その隙に、吸血と陰部への攻めに加え、ミカゲの着物に胸元から手を差し込んで、その胸に当てる。

 成長期前で発育の止まった小振りなそれに対し、五本の指をすべて折り曲げるようにし、爪さえ立てて、ギュッ、ギュッ、と厳しく握り込むように攻めていく。

「あふっ、んっ……。姉さま……、少し、痛いです……」

 ミカゲから弱々しげな抗議の声が届くが、知った事ではない。握り込むような攻めは変わらず続けていく。

「んっ、んんっ……、んんんんんっ……」

 すぐにミカゲの声から苦痛の色は消え、純粋な快楽に染まる。

 それを期に、私はミカゲの首筋から口を外し、

「はぁぁぁぁぁ……」

 軽くうつむくと、吸血のため吸い続けていた息を、深々と吐き出した。

 そしてふと顔を上げると、待ち受けていたようなミカゲの瞳と正面から目が合う。

「…………」

 しばし、見つめ合ってから、

「……んっ……!」

 やがて、どちらからともなく顔を寄せ、互いの血のついた唇を再び押し付け合い、その中央で舌を絡め合った。

 いつの間にかはだけた両者の着物からは、お互い未発達ながらかすかな膨らみを帯びた乳房がこぼれ、押し付けあっている。

 身体を必死に前後させながら胸と、その中心で勃起した乳首を擦り合わせていく。

 陰部に差し込んだ指は互いに二本、人差し指と中指を揃えた第二関節までが潜り、膣内を厳しく抉るように弄りあっていく。

 親指はやはり互いの肉芽に当てられ、時に擦り、時に押し付け、時に弾く。

 どこまでも、本当にどこまでも鏡写しの二人。

「んっ、くっ、ふぅ――、……ミ、ミカゲぇっ!」

「はぁっ、ふっ、うんっ――、……姉さまぁっ!」

 絶頂に達するのも、同時だった。



 はだけた着物を直す事もせず、私たちは二人とも、隣同士で横になっていた。

「はぁ……、はぁ……」

 荒らいだ息は、ようやく落ち着きを見せ始めていた。

 だが吸血された脱力感もあり、横になったまま動こうという気にはどうしてもならない。

 互いに奪い合った血の力は、一度良月に蓄積されてから私たちに再分配される。

 それを待つ間、私は指一本動かす事さえ億劫な気だるげさを、心地良さとして受け入れる事としていた。

 淀んだ水は腐るというし、こうして力を私とミカゲ、良月の間で循環させている事にも少しは意味があるだろう。

 と、ふと横を向くと、そちらも顔を横にしていたミカゲと目が合った。

「姉さま……、愛しています……」

 目を細め、緩んだ表情でそんな事を言ってくる。

「そう……」

 私は軽く受け流し、思考を巡らせる。

 正直に言えば、私もミカゲは嫌いではない。

 当初はともかく、千年の間に二人きり。それも数え切れないほど身体を合わせ、嫌いで居続けるなど出来るはずがない。

 照れさえ無くせば、そう、ミカゲの言葉に「私も愛している」と返す事も出来ただろう。

 だが、ミカゲに対するかすかな不信感がある。

 どうしてか理由を言葉では言い表せない、ごくごくささいな不信感。

 それに、言葉は言霊。もしも一度「愛している」と言ってしまえば、ミカゲに対する想いは歯止めが利かなくなる恐れがあった。

 本来は憎んでも良い相手である妹に対してそうなってしまうのは、私自身の矜持が許さない。

 また、私にとっての一番は主さまのままでありたいという、意固地に近い意地もある。

 私はだから薄く笑みながら、いつものようにこう答える。

「だけど私は、あなたが嫌いよ。ミカゲ……?」

 この言葉は、そう。睦み合いを締め括るための、いつも通りの約束事だった。



 私は、ミカゲ。

 主さまが戯れに良月に宿らせた力が、時を経て自我を持ち、姉さまの写し身として形を成したあやかし。 


「帰るわよ、ミカゲ」

 姉さまがそう言い出した時、言葉の意味を理解するのにしばしの時がかかってしまった。

 今、私たちは永き封印を解かれ、さらに十年の休眠を経てから、ある宿の一室に来ている。

 その部屋の隅では、贄の血の娘が、恐る恐るといった調子でこちらの様子を窺っていた。

 ――帰る?

 改めて、その言葉を発した姉さまの顔を見た。

 私と同じ顔――否、私こそが、姉さまと鏡写しの顔をしているのだ。

 とまれ、怒ったようなその表情から真意は窺えない。発言そのものから、推測するしかなかった。

 邪魔な鬼切りもハシラもいない今、あえて贄の血の持ち主を見逃す理由――

「絆されましたか?」

 そうとしか、考えられなかった。


 私は主さまの分霊であると同時、姉さまの写し身でもある。

 本来はそのどちらが上位という事もなく、どちらがどちらとも、等しくミカゲ。

 なれば、千年の時を二人きりで経て、八百、八千、八万と肉体を重ね続け、天秤が姉さまの側に傾くのは当然の事だろう。

 そんな私の気も知らず、姉さまはこれまで、私のあずかり知らぬ、本当の妹への憎しみを私にぶつけてきた。私が告げてきた八万の愛の言葉も流され、逆に嫌悪の言葉を返されてきた。

 これまではそれも、私が姉さまの妹を偽っているがための事と思えば、かろうじて納得できない事はなかった。


 だが――


 絆された――絆された?

 まともに会った期間は数日に過ぎない、餌でしかない贄の血の娘に?

 千年の時を共に在った、私を差し置いて?


 そして――


「姉さまは、もう少し主さまの役に立って下さると思ったのですが――」


 八万の愛は、八百万の憎しみへとその姿を変える――