471 :名無しさん@ピンキー:2005/11/06(日) 03:04:21 ID:/YPNKntz

今回の海外旅行は、満足だった。

主な目的は避暑、それに毎年の事ではある。

それでも、異国の文化風習に触れるのは刺激的な経験だ。

学校での勉強や書物での知識吸収だけでは、これだけ濃密には好奇心を満たせない。

また、帰国の際に得られる感覚も良い。

異国の生活は刺激的とはいえ疲れを伴うのも事実で、母国に帰ってきた時には深い安らぎを覚える。


帰ってきた――その感覚を確かな物とするため、国内の空港にいる時点で携帯電話をかける事にする。

忌憚無い会話が出来る同胞が居ればこその母国だ。特に今はこちらの土産話もたくさんある事だし、普段以上に会話は弾む事だろう。

最初にかける相手には二人の候補がいたが、色々な事由もあり、一方を避けてもう一方にかける事にする。

数度のコール後、出てきた声は妙に沈んでいた。

『お凛……?』

いつもの、やかましいぐらいに賑やかな声を期待していたため、やや拍子抜けした。

が、別に不満に思うほどの事でもない。普通に応対する。

「ええ、東郷凛ですわ。たった今帰国致しました」

『……ああ。確かどっか「ス」のつく国に言ってたんだっけ……?』

国の名前はちゃんと正式名称を教えていたはずだが、相変わらずこの親友の記憶力はいい加減な物だった。

しかし、それにも微笑ましさが先に立つ。声の調子が沈んでいる事は気になるが、構わず続ける。

「ええ、お土産も用意してありますわよ。現地のお菓子もありますし、今度羽藤さんと一緒に――」

『おりぃんん……っ!』

途中で、遮られた。

泣き出しそうな声――いや、違う。

『うっ、うっ……うううううっ……』

実際に、泣いていた。

声にさえならない嗚咽が、携帯電話越しに伝わってくる。

さすがに只事ではないと理解し、慌て、問いかけた。

「どうされました、奈良さん?」

『はとちゃんが、はとちゃんがぁぁ……っ!』

どれだけ待っても、それ以上に言葉が紡がれる事はなかった。


472 :名無しさん@ピンキー:2005/11/06(日) 03:05:04 ID:/YPNKntz

そしてわたくしは、警察の遺体安置所に一人立っていた。

身元確認も終わった今、親族でもないわたくしが、しかも立会人さえ無しにここに立つ事など通常出来ない。

だが、父と懇意にしている警察関係者のつてを使って、無理を通してもらった。

わたくしの前で、寝台に横たわらされている遺体。

それはかつて、羽藤桂と呼ばれていた存在の、もはや物言わぬ名残りだ。

崖からの転落による失血死――それが、羽藤さんの死因だった。


まず顔にかけられた布を取る。

生前、太陽の光に当たれば跳ね返し眩しいほど瑞々しかったその頬は、今では見る影もない程こけていた。

手を伸ばして触れてみると、やはりカサカサと乾ききっている。

「…………」

今度は、身体にかけられた布を取ってみる。

死因には特に不審な点がなかったという事で解剖等は成されていない、綺麗な遺体だ。

あえて言うなら、綺麗過ぎるのが不審な点だが、とは、ここまで連れてきて下さった警察の方の言葉だ。

実際、崖から落ちての失血死というならもっと悲惨な物を想像していたが、そんな事はまったくない。

一糸纏わぬその身体は、どこから出血したのかさえ分からない。

とはいえ、顔と同じく、身体は全体としてはくすんだ色合いをしている。

だがそれだけに、小ぶりな乳房の中央にある突起に残るかすかな赤は、際立って見えた。


そんな羽藤さんの遺体を前にした、わたくしはというと。

……涙など、一滴たりとてこぼれなかった。

それどころか、意識せずとも口元が緩んでいくのを自覚する。

「ふふふ……」

口元に手を当てても、それは抑えられない。


羽藤さんの遺体から、不思議な芳香が香った――


477 :470:2005/11/06(日) 04:12:02 ID:MvA/efLU

芳香に吸い寄せられるよう、羽藤さんの遺体に顔を寄せた。

衝動的に、その乳房を口に含む。

氷に当てたような冷たい感触が唇に伝わるが、それも心地良い。

舌先で、口内に含んだ突起物を舐める。

――反応がないのが、少し寂しかった。

それを補うため、自らの胸にも手を当て揉む。

「ふぅ、はぁ……」

高まっていく感覚と共に、息を荒げる。

抑えきれないほどに、ある種の衝動が高まっていく。

――ああ、飲みたい――

何を飲みたいのか、その明確な答えは言葉とならない。

ただ、猛烈な渇きを喉に覚える。

口に含む乳房から母乳でも出てくれば、少しは癒されるだろうか。

そんな妄想を抱きながらチュウチュウと吸い付くが、当然母乳など出るはずもない。

ただ、ただ、渇きが増していく。

「ふぁ、んんん……」

満たされない欲求の代替としようと、自分の秘部に手をやり弄る。

すぐに、クチュクチュ、と淫靡な音を鳴らし始める。

しかしそこがどれだけ湿っても、何の癒しにもならなかった。

「ああああああ……」

高まっていく性欲と、とめどない渇きに挟まれ、意識が陶然としていく。

その中、ひたすらに羽藤さんの乳房をねめていく。

――違う。ああそうだ、違う――

唐突に、理解した。

わたくしが求めているのは、羽藤さんの乳房ではなく、その奥にある――

『すいません、東郷さん。そろそろ――』

コンコン、というノックとともに、扉の向こうから声をかけられる。

それで、ハッと理性を取り戻した。


羽藤さんの乳房から口を外すと、自慰行為も中断。

唾液で濡れた部分をハンカチで拭ってから、遺体に布をかけ直す。

そう。今のわたくしの脳は、普段と変わらず理性的に働いていた。

その事の証左とするよう、いつものように微笑する。


「――そうですわね。さすがに、今ここでするのはマズいでしょう」


この後成すべき方策を脳内に巡らせつつ、わたくしは小さく笑う。

小さく、嗤う――


486 :満ちる事無き朔月 第二幕 :2005/11/07(月) 01:28:25 ID:vb7GmLLN

まず、羽藤さんの遺体を引き取れるように色々と手回しをした。

これに関しては、羽藤さんに身内が居なかった事もあり思ったよりも容易に出来た。

羽藤さんのお母様の親友、浅間某(なにがし)とかいう方も欲しがっていたそうだが、こちらと違い裏につてもないのだから、競合相手にすらならなかった。


次に、庭内に氷室を立てさせた。

これは、羽藤さんの遺体を保存するための物だ。

引き取ってしばらくは、厨房の大きな冷凍庫を無理やり使わせていたが、さすがにいつまでもという訳にはいかない。

それに、あんな狭い所では羽藤さんが可哀想だった。


出来上がったばかりの氷室に入ると、さすがに中は凍えた。

一度ブルッと身を震わせ、氷室の中央に目をやる。

どこぞの国の玉座かと見紛うような立派な椅子を設置させていた。

そしてそこに鎮座しているのは、羽藤さんの亡骸。透けるほどに薄い絹の衣を纏っている。

衣服を透して見られる肌は、遺体安置所で見たようなくすんだ色ではなくなっていた。

うまく死に化粧させた事もあるし、何より今の羽藤さんの体内では血が巡っている、という事が大きいだろう。

人間は三分の一の出血で死ぬ。失血死ではあったが、羽藤さんの身体にはほぼ三分の二の血液が残っていた。

そこで、体内で固まっていた血に溶血剤を投与し液体に戻す。さらに人工心臓もつけさせて、無理やり体内に血を循環させているのだ。

生前よりも白く見える肌は、あたかも蝋人形のようで、そこに存在するだけでどことない背徳感を醸し出す。


「さ、羽藤さん……」

近寄って、その背中に腕に回して抱き起こす。

首が、ダラン、と力なく後ろに垂れ下がった。

「……うふふっ。だらしないですわね、羽藤さん」

微笑むと、後頭部に手を添え起こし、顔を付き合わせる。

見ると、羽藤さんの口は半開きになり、まぶたも開いた奥から白目が覗いていたりした。

表情のあまりの滑稽さに、また微笑。

とはいえ、いつまでも笑っていては始まらない。

そっと手を当てて目と口を閉じさせると、

「んっ……」

ほんのり赤い唇に口付けをする。

あまり柔らかくないのは残念だった。

そのため感触を楽しむ事は出来ず、早くに次の段階に移る。

カリッ、と音を立てて、強く噛んだ。

口の中に、赤い味わいがゆっくり広がっていく。

「はぁぁぁぁぁぁぁ……っ」

大きく、息をつく。

――美味しい――

――ああ。美味しい。美味しい――

甘露、という言葉が意味する所を、初めて知った気がする。

「んっ、んむっ、んちゅ……」

チュウチュウと音を立て、唇からこぼれる血を啜っていった。


487 :満ちる事無き朔月 第二幕 :2005/11/07(月) 01:29:49 ID:vb7GmLLN

唇の味わいにざっと満足すると、今度は、前回邪魔が入って味わい切れなかった乳房に移った。

羽藤さんを脇に用意しておいた寝台に寝かせると、乳房の表面をペロペロとねぶり、前戯を楽しむ。

やはり、反応が無いのは少し寂しいだろうか。

「それに、母乳も出ませんし……」

無茶な要望であるのは自覚しているが、擬似的にでも体感してみたい気があった。

一度口を離すと、持ち込んでいた牛乳パックを開き、羽藤さんの胸の上にトクトクと注いでいく。

もちろん大半はこぼれるが、羽藤さんの胸の豊かさが足りないのが幸いし、それなりの量が胸に張り付き残る。

「うふふ……」

その様を眺めてひとしきり微笑むと、改めて唇を当て、チュウと吸い付く。

舌から伝わる牛乳の甘い味わいが心地良い。

……けれどやはり、牛乳の味だけでは物足りない。

強く、ガリッと乳房に噛み付く。

牛乳の奥から、鮮烈な味わいが口内に広がった。

唇の時より勢い良く広がるその味は、単体であれば濃すぎて受け入れがたかったかも知れない。

だが、牛乳と混ざる事によって柔らかい味わいとなり、身体に優しく受け入れられていく感覚があった。

「うふふっ……。苺ミルク……」

ピチャ、ピチャ、と淫靡な音を立て、乳房の上にある桃色の液体を舐め取っていった。

「ああ、あああっ……凄いっ……!」

高まる。

自分の中で、確実に何かが高まっていく。

口内に溢れる唾をゴクリと飲み込み、果てしない高揚感の捌け口を求めて、自分の乳房に左手を当て揉む。

自らのスカートに右手を差し込み、すでに洪水の秘部に人差し指と中指を第二関節まで入れて弄る。

右手の親指は、秘裂の真上にある突起の先端に当て、グリグリと強く押す。

「ひはぁ、ふぅっ……!」

その間も、羽藤さんの血と牛乳の混じった液体を啜る事はやめない。

ズズッ……ズズズッ……!

今回は、前のような邪魔は絶対に入らない。

とめどなく、脳を灼く熱さで押し寄せてくる快感を、積極的に受け入れる。

「ひぐぅ、はぁっ……! イクっ、イキますわっ、羽藤さん……っ! ……クッハァァァッ!」

羽藤さんの乳房から口を離し、身体を大きく反り返らせる。

口の端から、涎と共に桃色の液体が伝い、床にこぼれる。

「……あっ……」

見下ろすと、口からの分だけではなく、羽藤さんの胸からこぼれた分も合わせて、相当量が床を濡らしていた。

氷室の低温の中、瞬く間に固まろうとしている。

「うふぅっ……。もったいない……」

その場に四つん這いになると、犬のように舌を伸ばして舐めていく。

舌が凍傷を起こさんばかりに冷え切るのにも構わず、ただペチャペチャと音を響かせながら、舐めていく――


493 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/08(火) 03:00:49 ID:J8oLF6y3

夏休みが空けてからこちら、奈良さんの態度が少しおかしかった。


以前なら黙っていても、向こうから話しかけてきてやかましいくらいだった。

だが夏休みが空けてからはそういう事は一切なく、こちらから話しかけても返答は歯切れが悪い。

一言でいって、よそよそしい。

――原因は、やはり羽藤さんだろう。

一人でいる時はまだしも、わたくしと二人きりで話していては、そこにいるべきもう一人の不在を、どうしても意識せざるを得ない。

そういう心理は分からないでもないので、あえて問いただしはしないが、このままで良いとも思えなかった。

わたくしも羽藤さんの事は愛しく想っているが、奈良さんも劣らず大事な親友。

そこで、修学旅行に際して一つ仕掛けを打つ事にした。


羽藤さんがいなくなり、四人編成を基本としたグループ分けには一人足りなくなって、三人グループが一つ必要となる。

それが、わたくしと奈良さん、そして色々と羽藤さんを彷彿とさせる所のある加藤玲さんの組となるように裏で画策した。

修学旅行を通して加藤さんとお近付きになれれば、以前と同じような仲良し三人組を形作れるかも知れない。

下らない代替行為ではあるが、それが単純に一番うまくいきそうな方策だと思った。

……まあ実際には浅知恵だったと、後で思い知らされる事になるのだが。


修学旅行の旅館。わたくしと奈良さんは、二人きりの部屋にいた。

「二人だと広過ぎるね、この部屋……」

「……元が四人部屋ですからね」

目方さんが風邪で修学旅行を休むなど、さすがに予測出来ない。

しかしおかげで、加藤さんは一人分の余裕が出来た辰宮さんの部屋に移ってしまった。

「……明日の予定さ、どんな風に組んでるの? 全部お凛に決めさせちゃったけど」

奈良さんが話しかけてくるが、それも場の静寂に耐えかねて渋々、という感じだ。わたくしが求める対話ではない。

「ええ、午前は清水寺。その後、三年坂辺りを経由して食事を済ませたりお土産を買ったり――」

「お土産なんて、どーせ定番所は旅館でも駅でも売ってるんだから、後にすればいいのに」

「わかってませんわね、奈良さんは」

「…………」

わたくしの軽いからかいを含んだ言葉に、恨みがましい目を向けてくる奈良さん。

それであっさりと、会話が途絶えてしまう。

羽藤さんという緩衝材を置かず、わたくしと奈良さんだけではこうなってしまうとは、ここ最近の経験でわかってきた事だった。

わたくしは嫌な空気を払拭するよう頭を振ると、無理やりに言葉を続ける。

「それで、午後にはまず、太秦(うずまき)の活写村に行く予定を入れていますわ」

「……そこって、はとちゃんが前言ってた……」

「…………」

今度はつい、わたくしの方から沈黙を落としてしまった。

こうして、気まずい雰囲気の中、修学旅行初日の夜は過ぎていく――


494 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/08(火) 03:02:38 ID:J8oLF6y3

修学旅行は、最低の思い出になりそうだった。


せっかく清水寺で薀蓄話を聞かせても、奈良さんの反応は鈍い。

『うるさい黙れ』とすら言ってくれず、ただ聞き流される。

羽藤さんを失った心の傷が深いのは分かるので、あまり口に出して非難も出来ないが――

そういった不満を心中に押し溜めつつ、過ごす修学旅行。


――異変が起こったのは、午後の移動時だった。


「あら? 向こうにいるのは辰宮さんでは?」

わたくしが言うと、奈良さんもそちらに顔を向けた。

「ほんとだ。修学旅行の移動はグループでが基本なのに、一人で何やってるんだろ?」

近寄ると、向こうもこちらを見つけた辰宮さんが、泣きそうな顔で言ってくる。

「あ、東郷さんに、奈良さん――」

「どうされました?」

「れ、れ、れ、玲ちゃんが……」

「加藤さん?」

「カトちゃんが、どうかしたの?」

「いなくなっちゃったの! 携帯にもかからないし、ゆ、誘拐されたのかもっ!」

穏やかでない話だった。

「携帯は、電源を切っているだけという可能性はありませんか?」

「そ、そうだね。カトちゃん、なんかそういう事しちゃいそうなキャラだし」

「でも、突然いなくなっちゃうのはおかしいよっ! みんな手分けして探してるけど見つからないしっ!」

確かに、最悪の事態は想定しておいた方が良いかも知れない。

「わかりました。それではわたくし達も協力して、手分けして探しましょう」

「ほ、ほんとっ!?」

「それでは奈良さん、一緒に――」

「んっ、いや、あたし達も別行動でいこう? 手分けした方が効率良いと思うし」

「――――」

奈良さんにとっては、裏のない言葉通りの意図しかなかったのかも知れない。

けれど、わたくしにはどうしてもそうは思えなかった。

――そこまでして、わたくしと行動を共にしたくはないのか。


奈良さんとは終わった――何となく、そういう気がした。


「――ええ、そうですわね。そうしましょう」

何気ない風を装って返すと、奈良さん達から離れる。

完全に離れきってから、わたくし達を隠れた所から護衛していた黒服達を呼びつけた。

「状況はわかりましたか? はい、それでは加藤玲さんの、誘拐されたのなら救出に向かいましょう。

 ――え、場所? うふふ、それは大丈夫ですわ。わたくし、クラスの少しでも気になる対象には、発信機をつけていますから」

少し気になる対象には、羽藤さん似の加藤玲さんももちろん含まれていた。


498 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:27:44 ID:rXKF5SbZ

「突入」

わたくしの合図と同時、廃ビルの一室に黒服達が突入する。

不意をつかれた誘拐犯達に、こちらは数で勝る黒服勢。勝負は一瞬でついた。


「大丈夫ですか、加藤さん?」

誘拐犯を、主犯格の美人を含めて全員縛り付け転がしてから、わたくしはこちらも縛られ座り込んでいる加藤さんの所に寄った。

「え、東郷さん……? ど、どうして……?」

「うふふ。クラスメートの危機に駆け付けるのに、理由がいりますかしら?」

「……う、うんっ! 本当ありがとう、東郷さんっ!」

先程までは不安で泣いていたのだろう、目元に涙の後を残しながら、屈託ない顔をこちらに向けてくる加藤さん。

その頭の後ろで、ツインテールがふぁさっと揺れた。

――ああ。本当に、羽藤さんに似ている。

「……『お凛さん』……」

気が付くと、呟きが口から漏れていた。

「え?」

「『お凛さん』、と呼んで下さいません? 『東郷さん』、なんて他人行儀でなしに」

「……あ、え、えっと。……う、うん、お凛さん」

照れたように頬を赤らめながら、こちらの要望に応えてくれる。

――本当に。本当に羽藤さんに似ている。

「え、えーと。それで、そろそろ縛られてるの、外してくれないかな、なーんて……」

座り込んだままこちらを見上げ、小動物のように気弱げにお願いしてくる様も、そっくりだ。


499 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:28:32 ID:rXKF5SbZ

衝動的に、その両肩に手を置いた。

「え……?」

加藤さんが驚いている内に、こちらも屈んで高さを合わせると、唇を重ねた。

「……んむっ!? んむぅぅぅっ!?」

無理やりに舌を差し込み、その口内を蹂躙する。

――ああ。暖かくて、柔らかい。

きっと、生前の羽藤さんと口付け出来ていたら、こんな感じだったのだろう。

背は加藤さんの方が明らかに高いが、座り込んでいる状態ではそう気になる事ではない。

「――藤さん……」

口を外すと顔を少し下ろし、加藤さんの服を剥いで、露になった胸元を舐める。

「ひぃやぁっ!? ちょ、ちょ、ちょ、何なのっ!?」

――はぁ、暖かい、柔らかい。

――けれど。

膨らみが豊かなのが、少し気になった。羽藤さんの胸は、もっとなだらかだ。

しかしまあ、ひとつふたつの違いに目くじらを立てる事もないだろう。それに、羽藤さんだって成長する可能性はゼロではなかった。

肝心な事は、もっと別にある。

「んふふっ……」

加藤さんの胸の隆起に数度チュッチュと口付けをしてから、

ガリッ!

期待に心躍らせながら、歯を立てた。

「あっがぁぁぁぁっ! ……ヒッ、ヒィッ!」

こぼれた赤い液体を、ゆっくりと舐め取る。

「…………」

――不味い。

何なのか、これは?

羽藤さんの血が持つ陶酔するような味わいの、万分の一の価値も無い。

こんな事で、彼女は羽藤さんの代わりになれるのか?

ふつふつと怒りが沸いてくる。

「や、やめてぇっ……! 東郷さんっ……!」

その一言が、逆鱗に触れた。

「『お凛さん』……っ!」

「え? ……あっ、がぁっ!?」

「『お凛さん』と呼べと言ったでしょうっ!? どうしてその程度の事が出来ませんのっ!?」

グシャアッ!

気が付くと、加藤さんの両肩を握り潰していた。

「ヒィィィィッ! かた、かた、肩がぁぁぁっ!」

涎や鼻水、涙や汗で顔を汚らしく濡らし、情けない声を上げる加藤さんに、わたくしの興味は完全に失せた。

黒服を一人呼びつけ、命ずる。

「彼女、適当に『処理』してしまいなさい。日本の女子高生と言えば、需要のある国も多いはずですし。

 ――ああ、肩が? それなら達磨に加工するなり、処理する方法はいくらでもあるでしょう?」


500 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:29:35 ID:rXKF5SbZ

『鬼がいますね――すぐそばに――』


唐突に聞こえた声に、そちらを振り向く。

見ると、そこでは誘拐犯の主犯格だった女性が、後ろ手に縛られたまま立ち上がっている。

顔をうつむかせているので、その表情は窺えない。

『人が変じて、間もなき鬼――払いましょう。かの鬼切りの将が妻(め)として、私が鬼を討ちましょう――』

その女性からは、何となく嫌な気配が湧き上がっていた。

普通に考えれば、縄で後ろ手に縛られた状態から、しかも女性の身で何が出来るはずもないのだろうが――

『――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――』

ブチィッ!

その女性が後ろ手を縛る縄を引きちぎるのと、わたくしが咄嗟に飛びかかって押し倒すのとは同時だった。

『くっ……! 忌むべき鬼よ、退きなさい!』

間一髪で押し倒しはしたものの、凄い力で抵抗される。

慌てて黒服達に指示を出し、女性の四肢それぞれに一人ずつあてがい、胸に乗るわたくし自身合わせて五人がかりで押さえ込んだ。

『おのれっ……! 人が四人に、弱き鬼ならともかくも――ただの鬼では、ないですね――?』

顔を歪めながら、女性はなお抵抗を続ける。

実際、尋常な力ではないが、さすがに五人がかりならこちらに分があるようだった。

「ふっ、ふふっ。人の事を鬼だ鬼だと、無礼極まりないですわね。腹黒だとは良く言われますけれど――」

少なくとも、誘拐犯風情にそこまで貶められる筋合いはないはずだ。

油断はしないようにしながら、若干の怒りを込めて、手の下にある女性の胸を力任せに揉みしだいた。

『――くぅっ!? な、何をしますか、この鬼めっ!』

女性の頬に、朱が浮いた。――明らかに、怒りによるものではない。

「あら、案外と純情ですのね? 誘拐犯なんて人倫にもとる方の事、性に関しても乱れているのではと思っていましたが」

首を傾げながら力を加減し、より感じるような揉み方をする。

『ひ、か、は……か、かような行為、伴侶たりうる男(おのこ)と以外、成すものかっ!』

「…………」

天然記念物、という奴なのだろう。深く考えない事にする。

しかし精神的優位に立てた事もあり、少し余裕が出てきた。

「うふふっ。それでは、女(めのこ)とこんな事をいたすのは、論外なんでしょうねぇ」

女性の服、胸の前を開いて、その奥から下着に包まれた膨らみを露にする。

「あら、意外に良い生地の下着を使っていますのね。誘拐というのは、やはり儲かるものなのでしょうか?」

訊きながら、下着の中に手を差し込んで乳房を直接に揉みしだく。

『あふぅっ、ひっ、はぁぁんっ……!』

本当にこういう事には慣れていないようで、あがる嬌声は見た目に似合わぬ幼い印象があった。

わたくしは笑んで、逆の手を彼女のズボンに差し込み、臀部を揉み始める。

『あひっ、ひぐっ、や、やめなさっ――』

「ほら。皆さんもボーッとしてないで、手伝って下さい」

周りの黒服達に指示をする。


501 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:30:44 ID:rXKF5SbZ

瞬く間に女性の服はすべて脱がされ、その綺麗な裸体を晒す事になる。

普段無表情な黒服達の表情が、この時ばかりはかすかに緩んで見えた。

――まったく、殿方というのは嫌らしいものだ。

ともあれ彼女は、わたくしを始めとした無数の手により、その全身をまさぐわれていった。

唇、まぶた、頬、鼻、耳たぶ、髪の毛――

肩、鎖骨、胸、乳首、お腹、ヘソ、脇腹――

お尻、肛門口、秘裂、陰核、太股――

性感帯も、そうでない場所も隙間無く――

その容赦無い責めに、性に関して初心な女性が耐え切れるはずがない。

『い、いやあっ、いやはぁっ……! わ、我が背の君ぃ……、あっはぁぁぁぁぁ……』

魂の抜け出るような淡い息を口から長々と吐き出し、絶頂に達した事を明らかにした。

「うふふっ、どうです? こういうのも悪くは――」

その言葉責めは、最後まで言い切れなかった。

『――こ、この耐え難き辱め。器の者とて、生きておれまい』

そう言ったかと思うと

ガリッ!

女性の口中で、鈍い音が鳴った。

次の瞬間、一度ビクンと身体が跳ね――そのまま動かなくなる。

口元から、血が一筋流れた。

「…………」

舌を噛み切った、という事か。

ほんの少しの感心を覚え――ふとある事を思いついた。

「この女性の亡骸と、他の誘拐犯の方々はいつものように『事後処理』を」

黒服達に命じ、女性への興味はそれきり失った。

そう。重要なのは、今しがたこの女性を見て思いついた事。


『事後処理』の準備が進められる中、手の空いている黒服を数人呼びつける。

「ああ、簡単なお願いがあるんですけれど。ええ、皆さんにとっても良い話だと思いますけれど。

 ――はい、発信機が付いてますから、すぐに見つかりますわ。

 で、その女性をですね――

 ――え、本当に良いのか? うふふ、おかしな事を訊きますのね。


 卵を産まなくなった雌鳥を、他にどう処理しろと言いますの?」


502 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:31:46 ID:rXKF5SbZ

先にホテルの部屋に戻って待っていると、やがて奈良さんが帰ってきた。

「…………」

肩を落とし顔をうつむかせ、表情は見せない。

無言で部屋に入ってきた様子からしても、憔悴し切っている事が分かる。

服がヨレヨレになっているのは、加藤さんを必死に探索してきた結果と見るべきなのだろうか。

――もちろん、そうでない事は知っているが。

「加藤さん、見つかりました?」

我ながら、白々しい問い。

「…………」

奈良さんは顔をうつむかせたまま、無言で首を横に振った。

「そうですか……。でもきっと大丈夫ですわよ」

生命だけは、という言葉は胸の奥に潜めておく。

「とにかく、今日は奈良さんもお疲れ様でした」

椅子から立ち、近寄って労おうとすると、

「ダメッ! 来ないで、お凛っ!」

絶叫で遮られた。

「…………?」

頬に手を当て、軽く首を傾げる。

ひょっとして匂いに気付かれるのを恐れているのだろうか。

だとしたら、馬鹿な話だ。この匂いは、奈良さんが部屋に入った時点からしている。

良く、海産物や栗の花に喩えられる異臭。

「……あ。ごめん、お凛。大声出しちゃって。と、とにかくあたしは大丈夫だから」

「はぁ、まあ良いですけれど。

 ――それではともかく、今日一日の汚れと疲れを取るため、お風呂に一緒に行きません? このホテル、露天風呂があるようですし」

「……あ、いや、えと……、あ、あたしはさ、ここのユニットバスで良いから。露天風呂には、お凛一人で行ってきて」

言うと奈良さんは、こちらの返事も待たずに部屋付きのバスルームに入っていった。

「……うふふっ」

まったく、ここまで予定通りの言動を取ってくれると、面白くてたまらない。


503 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:32:25 ID:rXKF5SbZ

音を立てないように慎重に、バスルームへの扉を開く。

「ううっ……、えぐっ、ひっ、ぐすっ……」

すすり泣きが、ユニットバスの方から聞こえた。

そこでは奈良さんが、湯の入っていない浴槽の中、うつむいたまま必死に身体を石鹸で擦っていた。

見ると、その柔肌には全身、無数の小さな擦り傷が出来ている。

「奈良さん……?」

声をかけて初めて気付いたようだった。顔を跳ね上げ、身体を隠すように両の腕を回し、怯えた表情でこちらを見てくる。

「お、お凛っ! 露天風呂の方に行くって――」

「一人で行ってもつまりませんから、奈良さんと一緒にユニットバスのお風呂を頂こうかと――いけませんでしたか?」

「そ、そんなの……二人で入れる大きさじゃ……」

必死の言い逃れは聞き流し、ツカツカと歩み寄る。

そのわたくしに対し、奈良さんは身を竦める事しか出来ない。

すぐに、ユニットバスの脇に付く。

そしてわたくしは、奈良さんの太股に沿って流れる白い筋を見下ろした。

「奈良さん、それは……?」

「あ、やぁっ……!」

両足を絡めて隠そうと動くが、まったくの無駄だった。

白い筋の発生源は、奈良さんの秘裂。赤く充血し、無残にめくれあがったその奥から、止む事なく溢れ出てくる。

「……精液、ですわよね?」

分かりきった事に念を押す。

「……あ、う……」

ガタガタと震える、縮こまった奈良さんの身体は、とても可愛らしかった。

「……ひょっとして、強姦されましたの?」

極力何でもない風を装って、確認を取る。

「大丈夫、大丈夫ですから。ね? 力になりますから、詳しくお話になって下さい」

「……う、あう……お、凛んんん……っ!」

ポロポロと涙を零しながら、言葉を搾り出してくる。

「カトちゃん探してたらね、突然、黒い服の男達に襲われて――」

「『達』? 何人でしたの?」

五人だと分かってはいるが、一応訊いておく。

「わかんない、わかんないよぉ……! 何が何だか、全然わかんなくて……っ!」

……少し、呆れた。五人くらいの人数、ちゃんと数えておいてほしいものだ。

「まあ良いですわ。それで?」

「……路地裏に連れ込まれて……。それから、無理やり……、うっ、ううっ……ビ、ビデオにも撮られて……っ!」

ああ、黒服達はちゃんと指示通りにしてくれたようだ。帰ってから観賞するのが楽しみだ。

「……なるほど」

わたくしは頷いてから、一息ついた。

「……お凛……っ!」

縋るように、こちらに身を乗り出してくる奈良さん。

わたくしは間合いを保つように、一歩後ろに退いてから、冷淡に告げる。


「汚らわしい。近寄らないで下さいません?」


504 :満ちる事無き朔月 第三幕 :2005/11/09(水) 02:32:57 ID:rXKF5SbZ

「……えっ……」

一度、流れる涙さえ凍りつく表情。――そこから、ゆっくりと絶望に彩られていく。

その変化を眺めるのは、本当に楽しい。


――卵を産まなくなった雌鳥はどうなるか。

当然、絞められてから食べられる。


――では、友情を与えてくれなくなった親友は?


「まさか、数え切れないほど多くの相手にだったなんて。――ああ、もう想像するだけでおぞましいですわ」

「……え、あ……」

「複数相手という事は、通常の場所だけではありませんわよね? 口や、ひょっとして菊座まで使われましたでしょう?」

「……ひっ、あうう……っ!」

「口に含まされたのなら、噛み千切ってしまえば良かったじゃありませんか」

「……だって、そんな……。歯を立てたら、殺すって、言われてぇ……」

「殺されれば良かったじゃないですか」

――絶句――。

「そもそも普通、その場で舌を噛み切って死にません? 奈良さんがそんな生き意地の汚い方だったなんて、失望ですわ」

「……い、あう……」

「しかもビデオに撮られた?

 ――ああ、もうダメです。今後、それを脅しに使われ、何度でも呼び出されますわ。何度でも何度でも、犯されますわね」

「……ひ、い、いいいい、いやっ……! ……いやっ、いやぁぁ……っ!」

頭を抱えて必死に首を振る奈良さんに、わたくしは最後だけ、優しく語り掛ける。

「ですから、ね? 今からでも遅くありませんわよ?」

「……えっ……?」

提案の意味が理解出来なかったのか、呆然とした表情を向ける奈良さん。

わたくしは無視し、背中を向けてバスルームから退室しようとした。

「……あっ、お凛……っ!」

背後からの呼びかけに、退室直前、一度だけ振り返る。


「――あら、まだ生きていましたの? 死ぬのは早い方が良いと思いますけれど」


それだけ言い捨てて退室、バスルームの扉を閉じる。

その後、扉が向こうから開かれる事はなかった――


512 :満ちる事無き朔月 第四幕 :2005/11/10(木) 02:05:37 ID:0ZmGqtJ7

氷室の中で、映写機が動いていた。

大スクリーンに、映像が映し出される。

『いや、いやあぁっ! やめてぇぇっ!』

「ほら羽藤さん、御覧下さい。奈良さん、五人もの屈強な男に襲われながら、必死に抵抗なさってますわ」

わたくしは羽藤さんの裸体を抱きかかえながら、大スクリーンを眺めていた。

「無駄な抵抗ですのに、滑稽ですわよね。うふふふ」

微笑しながら、羽藤さんのなだらかな胸表面を、サワサワと撫でる。

視線はスクリーンに向けて撫でているので、指先がどのタイミングで突起と、そこにピアシングしてある付属物に触れるかわからず、なかなか面白い。

『ひっ、いやっ! それだけはっ! あたし、まだバージ――ぐっ、がぁぁぁぁぁぁっ!』

「羽藤さんは修学旅行に参加出来ず残念でしょうけれど、面白いものではありませんでしたわよ。

 奈良さんの件に、加藤さんの行方不明もあって、三日目からは全体行動だけでしたし。

 ――収穫といえば、本当、このビデオぐらいですわよね。くすくす」

『ダメぇっ! 中は、中に出すのはやめてぇぇっ!』

「ああ。その奈良さんですけれど、結局自殺未遂に留まって、今は病院通いのようですわ。――学校はやめてしまわれましたけれど」

説明しながら、羽藤さんの半開きになった口に指を差し込み、中を弄っていく。

口内の複雑な隆起をなぞっていくのは、特に湿り気がなくても楽しめた。

「うふふ。まあ奈良さんに自殺するだけの度胸が無いだろう事は、初めからわかっていましたけれど。

 生き意地の汚い方は大変ですわよね。寝ても覚めても、この悪夢にうなされるんでしょうに。

 ――本当、何のために生きてますのかしら」

『む、無理ぃっ! そんなの、くわえられない……っ! ……や、いやだぁっ! 殺さないでぇぇっ!』

すでに何度か見たビデオなので、少し飽きが来ていた。スクリーンから目を降ろし、羽藤さんの身体に視線を移す。

ここに来た当初とは、少しだけ様相が変わっていた。

まず、両乳首と陰核にピアシングが施されている。付いているのは、羽藤さんに似合った小振りの青い宝石三つ。

首輪も付けてあり、羽藤さんの小動物っぽさを後押ししている。

そして今だけの話だが、その秘裂には、細めの双頭バイブの一方が捻じ込まれていた。――もちろん、もう一方はわたくしの膣に突き刺さっている訳だが。

『おりぃぃぃんんんっ! はとちゃぁんっ! 助けてぇぇっ! ……パパぁっ、ママぁぁぁぁっ!』

「あははははっ!

 奈良さんってば何を考えて、あんな呼びかけてるんでしょうね? 特にわたくしなんて呼んで、どうする気なんでしょう」

ひとしきり笑ってから、腰を動かす。

双頭バイブが奥深くめり込み、わたくしの秘部が、グチュッ、と音を鳴らす。

「くっ、ふぅぅ……! いい、いいですわよ、羽藤さん……。これなら、すぐにでもイケそうです……」

それでもすぐに絶頂に達するのはもったいなく、ゆっくり、ゆっくりと腰を前後させる。

「はぁ、あはぁっ……」

羽藤さんの首筋に、口付け。

歯は立てない。あいにくと元々残っていた血はすべて飲み干してしまったのだ。

今は代用として人工血液を入れてはいるが、かつての鮮烈な味わいとは雲泥の差なので、とても吸う気にはなれない。

もう少しジックリと飲んでいくべきだったと後悔するが、それは諦めるしかなかった。

だが、それでも良い。羽藤さんに感じる愛おしさにはなんらの違いもない。

ただペロペロと、表面を舐め続ける。

股間では水音が、グチュ、グチュ、とさらに淫らさを増していった。

『いやぁぁっ! こんなのでイキたくないぃぃっ! ……ひぃぃっ! いやっ、あぁぁぁっ!』

「うふ、うふはぁっ……。もうイッてしまいますわよ、羽藤さぁぁん……っ!」

『いぎっ、あがっ、はぁぁっ……! イ、イ、イ、イあっ、イきひぃ――イッぐぅぅぅぅあああぁぁぁぁっ!』

「はぁぁぁぁっ……。いぃぃぃぃっ……!」

至上の幸福を覚えながら、わたくしは絶頂に達した――


513 :満ちる事無き朔月 第四幕 :2005/11/10(木) 02:07:06 ID:0ZmGqtJ7

――そういう訳で今、わたくしは学校では一人、新しい仲良しグループに入ったりもせず、孤立している状況だった。

別段苦に感じはしないが、もちろん面白い訳でもない。

自然、学校それ自体を退屈に感じるようになっていった。


今日も、毎日のつまらない学校の時間を適当に過ごしてから、帰路につく。

――ああ、今夜は羽藤さんとどんなお話をしようか。

頭にあるのはそればかりだ。

一刻も早く帰宅しようと柄にもない早足で歩いていると、

「ちょっと待ちな」

初めて聞く声で、呼び止められた。

振り返り見ると、そこに立つのは、やはり初めて見る、二十代と思しき女性。

ジーパンは良いとして、豊かな胸元が見えそうでお腹はヘソが出ているという、明らかに布の足りていないキャミソール姿はどうなのだろう。

もう冬も近い季節にその格好は、色気を振り撒く事が目的としか思えなかった。あまり好きなタイプの女性ではない。

「? ……どなた?」

問うと、女性は鋭い視線を向けてきた。

「――羽藤桂の母親の親友、と言えばわかるかい?」

まともな自己紹介をする気はないようだった。少し記憶を掘り起こす必要に迫られる。

「浅間――サクヤさんでしたかしら?」

羽藤さんの遺体引き取りを望んだ、もう一人の相手。

「まさか今更、羽藤さんの御遺体を渡すようになんて迫りに来られた訳じゃありませんわよね?」

「さて、ね」

返答を誤魔化すように肩を竦めるが、その眼光の鋭さに変わりはない。

「――ちょいとさ、面貸しな」

ぞんざいに顎でしゃくり、人気のない方角を指し示してきた。


514 :満ちる事無き朔月 第四幕 :2005/11/10(木) 02:08:27 ID:0ZmGqtJ7

夕闇がかかってきた頃合い。

西には夕日、東には満月の天辺が地平線に覗いている。

逢魔が刻とも呼ばれる時間帯に、わたくしと浅間サクヤさんは、人気のない川原で対峙していた。

「初めは、さ」

頭をボリボリとかきながら、浅間さんが言ってくる。

「桂の遺体を引き取れないのは残念だったけれど、まあ、親友である東郷屋敷の御令嬢の手に渡るんなら、悪いようにはならないだろうと納得してたんだ」

小さく息を吐いてから、続ける。

「納得してたんだけど――その親友が、鬼に堕ちてたときたら、話は別さね」

わたくしは、ちょっと首を傾げた。

「何だか最近、よく鬼呼ばわりされますわねえ。わたくしは、どこにでもいるただの女子高生ですわよ?」

「――空っとぼけてんじゃないよ」

浅間さんの声音が、底冷えするような響きを持つ物に変わった。

「あんた、桂の血を飲んだだろうっ!」

「……ああ、確かに頂きましたわ。大変美味しゅうございました」

誤魔化しても仕方がなさそうなので、素直に答える。

ギリッ、と歯ぎしりする音が聞こえた。

「あたしは結局、誰も守れなかった……。姫様も、笑子さんも、正樹、真弓、柚明、白花――」

知らない名前をツラツラと挙げてくる浅間さん。

だが、

「――そして、桂」

最後に挙がった名前だけは、理解出来た。

「だけどっ! だからこそ、羽藤の最後の血筋である桂が、あんたみたいな鬼の慰み者になってるのを見過ごす訳にはいかないんだよっ!」

手を鉤爪状に折り曲げ、いきなり飛び掛ってくる。

「――――!」

咄嗟に横に避け、殴りかかってきた右腕を手に取る。

「なにっ!?」

驚きの表情を見せている内に、腕を絡めて関節を極め、体重をかけて相手を地面に這いつくばらせる。

「くっ、何だって……っ?」

「いきなり、危ないですわね。こういう時のために護身術を仕込んでおいて下さったお父様に感謝、ですわ」

微笑する。

「……ちっ。蝶よ花よのお姫さんだと思ってたよ……」

ギリギリと捻り上げられる関節に、苦痛の表情を見せる浅間さん。

「それにこの力……。桂に残ってた贄の血、全部飲みやがったのかい……っ!」

「贄の血……? まあ確かに羽藤さんの血は頂きましたけれど」

意味の分からない単語に首を傾げるが、

「ともかく、降参なさい。この状態になったら絶対に逃げられませんわよ?」

「――そいつは、どうだろうねっ!」

気、とでも言うのだろうか。

浅間さんの中で爆発的に膨れ上がったそれを本能的に察知したわたくしに、躊躇う余裕など無かった。

一瞬で、極めていた右腕の関節をへし折り、飛びのく。

次の刹那、先程までわたくしがいた空間を、浅間さんの左腕が唸りを上げて通り過ぎた。

「ぐっ、がぁぁっ……!」

遅れて、肘関節を砕かれた叫びが上がる。

「……い、良い判断じゃないか……。ほんと、お嬢様だなんて認識を改めないといけないねえ……」

右腕をダランと垂れ下げながら、獰猛な笑みをこちらに向けてくる浅間さん。

その姿は、先程までと若干変わっていた。

全体的に筋肉質になっただろうか。まとめていた髪は長く解かれ、笑む口元からは犬歯が覗き、指先には鋭い爪が伸びている。

変身の原理はともかく、本来の戦闘体勢に入った、と見るべきだろう。


515 :満ちる事無き朔月 第四幕 :2005/11/10(木) 02:09:21 ID:0ZmGqtJ7

戦いは、ちょっとした膠着状態に陥った。

正直、力と速さでは戦闘体勢の浅間さんの方が格段に上だった。

だが技ではこちらが勝る。関節を取られる事を恐れてだろう、浅間さんは攻めあぐねている感じだ。

こうなると、最初の段階で右腕を奪えたのが大きい。

時間が立てば立つだけ、砕けた関節は熱を持つ。この膠着状態は望む所で――

「――え?」

こちらの計算すべてを覆すように、浅間さんが右肘を折り曲げし、その状態を確かめていた。

「ふう、何とか使えるかね。まだ痛みは残ってるけど。……満月だってのに、半端者の身は辛いよ」

言葉の意味は良くわからないが、状況は非常に悪い模様だった。


両腕が使える浅間さんを相手には、攻撃を凌いでいくのが精一杯だった。

相手は両手だけでなく、両脚をも攻撃に振るってくる。

四肢全てを用いた野生の獣さながらの動きは、体系化された武術を修めている自分の目からすればやや乱雑な所があるが、とにかく力と速さが違った。

さらに攻撃が、拳でなく爪で行なわれるというのも厄介極まりない。

攻撃を流すだけでも受けた腕に傷が入り、鋭い痛みが走る。

このまま防戦一方でも、状況が打破出来る当てはない。いわゆる、ジリ貧という状態だ。

今の内に、覚悟を決めるしかなかった。

「くっ!」

右腕で浅間さんの左手を払いのけ、

「はあっ!」

左手の人差し指と中指を伸ばし、浅間さんの両目をめがけて突き出す。

しかし到達前に、

「甘いんだよっ!」

浅間さんの右腕が振るわれ、わたくしの左腕は根元から吹き飛び、宙を舞った。

だが、続けて振り上げられた左足は右腕で受け流し、身体ごとぶつかる勢いで浅間さんの懐に飛び込む。

「なっ!?」

防御に使った右腕を攻撃に戻している余裕はない。

その際の攻撃手段は、ただ一つ――


わたくしは、浅間さんの首筋に食らいついていた。


516 :満ちる事無き朔月 第四幕 :2005/11/10(木) 02:10:09 ID:0ZmGqtJ7

「ぬっ、ぐっ――がぁぁっ!」

獣の吠え声と共に振り払われ、地面に背中をしたたかに打ち付けた。

立ち上がる事も出来ず、そのまま地面に大の字になる。

いや、大の字を形作るには、腕が一本足りなかった。

無くなってしまった左腕の肩口を、右手で押さえる。

痛い――

痛い、痛い、痛過ぎる――

肉体の痛みに涙を浮かべるなど、何年ぶりの事だろうか。

激痛に耐えるよう、唾を飲み込む。

と同時、唾に鉄の味が含まれている事に気付いた。

浅間さんの、血――

地面に倒れたまま浅間さんの方を見上げると、血が溢れる首筋を抑え、顔をしかめていた。

とはいえ、頚動脈に達したかという程の噛みつきだったはず。それがその程度で済むとは、まったくもって化け物という他ない。

「左腕を犠牲にするほどの勝負度胸たあねえ……。まだ、甘く見てたって訳かい……」

忌々しげに呟いてくる。

「だけど、これで終わりだよっ!」

地面に倒れているこちらに向けてのしかかるように、爪を振り下ろしてくる。

必死に右腕を前に差し出し、防ごうとするが――ただ右拳が手首を離れて宙に飛ぶだけの結果に終わる。

「ぐぅあがぁっ!」

激痛に泣きそうになりながら、それでも無駄な抵抗をしようと身を震わせ――


次の瞬間、わたくしの左腕が浅間さんの胸の中に潜り込んでいた。


――左、腕?

「ば、かな……」

目を剥いて驚愕する浅間さん。……驚いているのは、こちらも同じだったが。

「いくらあたしの血を飲んだからって……。馴染んで再生するのが、早過ぎる……」

そこまで言ってから、首を力無くカクンと垂れて、こちらの上に、ドゥ、と崩れ落ちた。

大変、重い。

が、今はそれどころの話ではない。吹き飛ばされて無くなったはずの左腕。今はちゃんと生えているその感覚を確認しようと、手の平を軽く握り開きする。

左腕は、確かにそこに存在した。

それだけでなく、手の平を通して伝わる感触があった。

握り拳大の塊。

火傷しそうなくらいの熱を帯びているそれが、ドクン、ドクン、と音を立てて鼓動している。


――これは、浅間さんの心臓か。


そう理解した瞬間、迷う事なく握り潰した。


522 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 01:58:52 ID:I1FPb30a

浅間さんとの件があってから、ほぼ一月後の夜。


わたくしは屋敷の縁側で、食後のお茶を頂きながら、庭の方を眺めていた。

「雪景色の庭、というのも良いですわね」

白に染まった屋敷の庭園を観賞しつつ、ズズ、とお茶をひとすすり。

ふと見上げると、つい先程まで降っていた大雪の影さえ無いほど、夜空は晴れ渡っている。

無数に散らばる星々の中、クッキリと浮かぶ満月の姿も美しい。

なんとなく、高揚感が内から湧き上がってきた。

「……今夜も、羽藤さんの所に行きましょうかしら」

口から漏れる白い吐息を眺めながら、呟く。

なんなら今夜は、外でやっても良い。どうせ覗く者などいないし、庭園は雪によって氷室と同程度の気温になっている。

それに今なら、羽藤さんを花に見立てて、雪月花が揃い踏み――

そんな事を考えながら縁側から腰を上げる。

と、庭園の中に、見知らぬ影が立っている事に気が付いた。

「……子ども?」

夜とはいえ、満月に雪明かりも加えてかなりの明るさがある。見間違えようがない。

十歳ほどだろうか、一見して少女とも少年とも取れる感じの子どもだった。

頭に小柄な白狐を乗せているのが少し変だが、可愛らしい。

近寄って、声をかける。

「どうされました? 迷子ですか?」

考えてみれば、馬鹿馬鹿しい問いではある。

近辺の人達から東郷屋敷と呼ばれている我が家の防犯設備は、かなり充実している。子どもが間違って迷い込めるような場所ではない。

子どもは肩を竦めて返答してきた。

「いえいえ。ちゃんと用があってここにいますので、お構いなく」

その、微妙にこちらに対して揶揄するような物言い。

どことなく、わたくし東郷凛と同系統の人間のように思われた。

そういう相手に会うのは、ひょっとして初めての事だろうか。探るように、しかし何となく楽しさのような物を覚えながら、言葉を返す。

「あら。それなら不法侵入という事になりますが、わかっていますの?」

「ええ、もちろん。いやいや、こちらも法を遵守するばかりではやっていけない仕事でして、大変ですよ」

「それはそれは。同情致しますわ」

「御同情、痛み入ります」

互いに微笑を向け合ってから、一拍の間。

「……お名前は?」

頬に手を添えつつ尋ねると、子どもは自身の胸に手を添えた。

「若杉葛と申します。以後お見知りおき――はしなくとも良いですよ。どうせ、すぐにお別れですから」


523 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 01:59:23 ID:I1FPb30a

瞬間、まったくの別方向から殺気を感じた。

反射的に一歩退く。

眼前を、月明かりを返す銀光が通り過ぎ、地面を打って雪を散らした。

――日本刀?

屈強な体格の男が、間違いなく銃刀法違反となる代物を振り下ろす体勢を取っていた。

「威(あきら)さん、今のタイミングで殺っちゃえなくてどうします?」

子ども――若杉さんが、男に対してぶつくさと文句を付ける。

「苛立ちから、殺気を表に出し過ぎなんですよ。子どもですか、あなた」

……小学生と思われる若杉さんにそんな事を言われては、男も立つ瀬がないだろう。

「――どういう事ですか?」

わたくしは目をスッと細めて、若杉さんと、男に問うた。

「ああ。先日まで、京都の方でちょっとしたゴタゴタが続いてましてね。

 その関係で、欲しがっていた業物が軒並み使い潰されたのが不満みたいなんですよ、彼」

若杉さんの答えは、しかしわたくしの意図とは違う事に対するものだった。――どうも、わかっていてやっている風だったが。

「この鈴鹿さんがもう少し早く来てくれれば、良かったんでしょうけれど」

首を回しながら若杉さんが言うと同時、その後ろに、どこからともなく女性が現れた。

『――申し訳ない』

――見覚えが、あるようなないような。女性の雰囲気だけはどこかで感じた記憶があるが、うまく思い出せなかった。

「いえいえ。鈴鹿さんのおかげで解決したんですし、感謝こそすれ謝罪される云われはありません。

 それに、せっかく京都で見つけた器が使い物にならなくなって、九州くんだりまで新たな器を探しに行く羽目になったのは、この人――この鬼、のせいなんでしょう?」

『然り』

何故か鈴鹿とかいう女性は、こちらを射殺さんばかりに睨み付けてきていた。

『――洛中で受けし辱め、恨みを今こそ、晴らしましょうぞ』

言うと鈴鹿さんも、スラリと刀を抜いて構える。

『――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――オン・バサラ・タラマ・キリク――』

「一人で突出しないで下さいね。彼女は贄の血を大量に飲んでいると推測されますから、油断は禁物です」

若杉さんが言うと同時、庭園のそこかしこにある物陰から、多数の人影が立ち上がった。

――囲まれている?

「まあ鬼神クラスでもなければ、鬼切り部から選りすぐった精鋭に太刀打ち出来る物ではありませんけれどね」

薄い笑いを含んだ若杉さんの言葉。

それを合図としたように、十人ばかりの人数が一度にこちらに切りかかってきた――


524 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 01:59:46 ID:I1FPb30a

まず、眼前にいた男の第二刀により、右腕を斬り落とされた。

「くぅっ!」

「おお、さすが渡辺党の威(あきら)さん。かの渡辺綱の童子切を彷彿させる、見事な片腕落としです」

先程のこきおろしを翻すように、若杉さんがパンと手を叩いて褒め称える。

――その表情が、すぐに驚愕に変わった。

わたくしは、ほぼ即座と言っていい早さで生え変わった腕で、元の腕を斬ってくれた男の胸をドンと突き飛ばしていた。

軽く五メートルは後方に吹き飛んでから、地面に仰向けに倒れ込む男。

「な、なんですか、その再生の早さはっ!? 満月時の観月じゃあるま――まさかっ!」

若杉さんが、何か考え込むように顎に拳を当てる。

「そういえば、最近サクヤさんの消息を存じませんし――

 くっ。少しでも早くと、満月の今夜を選んでしまったのは失策でしたかっ!」

慌てた様子を見せながらも、

「けれど、いかに観月の血を取り込んでいたとしても限界はありますっ! 反撃を許さず攻撃、隙を付いて首を刎ねなさいっ!」

しかし極めて冷静に、周りを囲む手勢に指示を下していく。

実際、こちらとしても刀を持った手練を相手に、しかもこの多勢に無勢ではどうしようもない所があった。

必死に防ぎ、払い、躱し、それでも斬られた分は端から再生していくが、反撃するだけの機会は与えられない。

「くっ、くぅぅぅぅっ!」

着実に、こちらの体力は削られていく。

「烏月さんは、あの技をっ!」

「承知っ!」

若杉さんの指示に従い、狩衣姿の女性が飛び出してきた。

「オン・マカ・シリエイ・ジリベイ・ソワカ――」

朗々と紡がれていく呪言。

「――千羽妙見流、鬼切りっ!」

本能が告げる最大の危険信号を受け、その打ち下ろしの一撃はかろうじて躱した――はずだった。

しかし、避けたはずの一振りから不可視の力が伸び、身体を打ち抜いてきた。

「カッ、ハッ――!」

肉体ではなく、魂を直接打ち砕かれるような衝撃。

わたくしは耐え切れず、その場にガクリと膝をついた。


525 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 02:00:18 ID:I1FPb30a

「終わり、のようですね」

――ああ――、終われる――?

若杉さんの言葉を、わたくしは穏やかな心持ちで聞いていた。

先程の一撃で、精神の暗い所がバッサリと断ち切られたような感覚があった。

それで久し振りに、人間らしい心を取り戻したような気がする。羽藤さんを亡くしてから、ずっと見失っていた物。

――そうだ。ここで終われるなら、それが良い――

未練があるとすれば、たった一つ。

「羽藤さん……」

「はい?」

「羽藤さんの亡骸は、どうされる気ですか……?」

わたくしのそんな問いかけが意外だったのか、若杉さんはかすかに首を傾げたが、すぐに答えてきた。

「……当然、荼毘に付させて頂きます。それが亡くなった方への、最低限の礼儀というものです」

荼毘に、付す――

顔を雪が積もった地面の方に向けて、その言葉の持つ意味をゆっくりと噛み砕く。

――焼く?

あの羽藤さんの、美しい亡骸を?

可愛らしく二つに結った、お髪(ぐし)も。

生前には輝きを伴って、わたくしの姿を映してくれた瞳も。

死してなお、かすかな朱を帯びた唇も。

常に、わたくしを魅了してやまなかった肢体も。

肉も、骨も、皮も。

その全てを、灰に帰するというのか。


――ユ・ル・サ・ナ・イ――


斬られてしまった精神の暗かった部分が、より以上の漆黒で埋められていく。

それに呼応するかのように、突然、目に眩しいくらいだった雪明かりが収まった。

合わせ、周りで怪訝そうな声が上がっていく。

「雲? いえ……」

「月食――羅?だと?」

『――けれどこれこそ好機では? 今なら観月の力とて――』

「しかしどうして、こんな時に――ちょ、威(あきら)さんっ! 先走るのは――」


次の瞬間。

わたくしの内から、果てなく黒い力が迸った――


529 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 22:09:55 ID:I1FPb30a

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜……」

黒く染まった月を見上げながら、深く、深く息をついた。

そのわたくしの耳に、若杉さんの呆然とした声が届く。

「……鬼切り部の選りすぐり、精鋭十名が――ぜ、全滅……」

語尾のかすれたような響きが、心地良い。

何気なく後ろ髪をかき上げると、いつの間にか、そこで一本束ねていたはずの髪の毛が解かれているのが分かった。

それをきっかけとし、髪の事だけではない、喩えようの無いほどの解放感が身を包む。

今自分は、人類史上のいかなる帝王や独裁者とて達した事のない境地にいる。そういう確信があった。


――それは、絶対の自由。もう、わたくしを阻む事が出来るモノなど、何もない。


「――あっ! 尾花っ!」

若杉さんの叫びにチラと視線を向けると、そこから飛びかかってくる白い影があった。

「……くすっ」

薄く笑んで、軽く右腕を振るう。

それだけで、こちらに飛びかかってきた白狐は胴を爪で切り裂かれ、鮮血に染まって地面に落ちた。

「尾花ぁぁぁっ!」

泣き叫びは聞き流しつつ、右手の爪についた血を何となく舐め取る。

――獣臭かったが、悪い味ではなかった。

「ふぅ……」

何となく、食後に胃が栄養を消化吸収している時に似た気だるさを感じ、一息をつく。

そして改めて、若杉さんの方に視線を向けた。

「さて……。あなたの事は、どう致しましょうかしら……?」

「ひっ! ……くっ!」

バッとこちらに背を向け、駆け出した。

三十六計逃げるに如かず――まあ良い判断というべきなのだろう。

正直、追う必要性すら感じなかったが、一応お約束として呼びかけておく。

「あら、待ちなさい」


――それで、本当に止まるとは思わなかった。


若杉さんは必死の様子で、ガクガクと震えて進まない足を両手で押さえていた。

「こ、これは、言霊……? そんなっ、一体どれだけの力をあの鬼は……っ」

「鬼だ、鬼だとしつこいですわね。わたくしにはちゃんと、東郷凛という名前がありますのよ? そう呼んで下さい」

「……は、はいっ。東郷凛さん」

――驚くほどに、素直だった。

先程までの若杉さんのイメージと一致せず、わたくしが軽く首を傾げていると、独り言のように続けてきた。

「て、抵抗の余地さえ無い程の言霊……。い、今、わかりました……」

表情を恐怖そのものに彩らせ、

「貴女の本当の恐ろしさは、飲んだ血の性質なんかじゃない……。

 どれほどの力であれ、完全に取り込み我が物とする、その器……。

 それは、黒そのもの……。光さえ飲み込み糧とする暗黒星、ブラックホール……」

喉の奥から搾り出すように、呻く。

「貴女という存在そのものが、羅?の申し子っ……!」


530 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 22:10:49 ID:I1FPb30a

「……若杉さんのおっしゃる事は、難しくてさっぱりわかりませんわ」

実際には、言っている事の大体を何となしに理解出来てはいたが、どうでも良い事なので、からかってみせる。

「そんな事より、少し気になっていたんですけれど……若杉さんって、男性と女性、どちらですの?」

「え? ……ひゃあっ!」

答える暇さえ与えず、ズボンの中に手を差し込んだ。

女の子だった。

……が、これは……。

「若杉さんて、その歳で男性経験がありますの?」

幼いはずの秘裂に指の先を差し込む際の抵抗の無さに、尋ねた。

「うっ、ひうっ……」

「答えて下さい」

「い、生き残るために必要だったんですっ! 仕方ないじゃないですかっ!」

開き直ってそう答える様は、いつぞやの奈良さんのそれと違って、毅然とした所に好感が持てる。

が、そのまま受け入れるのもつまらない。わたくしは小さく笑った。

「違うでしょう? その歳で男性経験があるなんて、貴女が生粋の淫乱だからですわ」

「ひぃっ!?」

クチュッ、と秘裂が湿り気を帯びた。

「……あら、いきなり濡れて。冗談でしたのに、本当に淫乱でしたのね」

また一つ、水音が鳴った。

「や、やめっ、やめてっ! そ、それ以上言われると……っ!

 こ、言霊に侵される、犯される……。ほ、本当の淫乱になってしま――」

「良いじゃないですか。元々淫乱なんでしょう?」

「……あっ、がっ……」

何か臨界を越えたように、ガクッと首をうなだらせる。

「あひっ、あはぁっ……。おっしゃる通り、わたし若杉葛は淫乱です……。弄って、もっと弄って下さいぃ……っ!」

自ら腰を振って、わたくしの指をその膣内に受け入れていった。

そこから愛液がこぼれ、自分の手がベチョベチョになっていくのがわかる。

「…………」

いきなりの展開に少々戸惑うが、据え膳食わぬは女の恥、だろう。

小さい身体を背後から抱きすくめると、服の裾から手を差し入れ、羽藤さんと比べても平らな胸を触る。

もちろん、秘裂に差し込んだ指も動かし続ける。一本では足りないようなので三本入れてみるが、洪水の膣にはまだ余裕がありそうだった。

「あー……、あー……。いい、いい、いいですぅ……。もっとぉ……」

後頭部をこちらの肩に乗せ、顔は天を仰いでこちらにだらしない表情を見せている。

唇の間からは舌がこぼれ、涎をダラダラと垂らして、もう性的快楽以外の何物も考えられないという感じだった。


531 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 22:11:36 ID:I1FPb30a

「……つ、葛様っ!?」

横から、声があがった。

若杉さんを抱きすくめたままそちらに視線を向けると、刀を杖代わりにして立っている狩衣姿の女性がいた。とどめを刺し損ねていたらしい。

「貴様っ! 葛様に何をしているっ!」

「……あら、本人が望んだ事をしているだけですけれど。ね?」

抱えている若杉さんの顔を覗き込んで、尋ねる。

「あひはぁっ……。はぁいぃ、そうですぅ……。烏月さんも、加わりませんかぁ……?」

顔面を蒼白にする狩衣姿の女性。

「……つ、葛様……っ!?」

「ほら。若杉さんもこう言っていますし、貴女もまざりません?」

「……ふ、ふざけるなっ!」

こちらの提案に対し怒声を返すと、威勢良く、杖代わりにしていた刀を振り上げた。

が、

「――カハッ!」

気力だけでどうなるものでもないらしい。その場に膝をつく。

「やれやれ。そんな身体で無理をしてどうするんです? 痛くて苦しむだけでしょう?」

わたくしが呆れていると、若杉さんが、快感にだらけた表情にかすかな笑みを浮かべた。

「良いんですよ、それで……。烏月さん、マゾですから……」

「……は?」

「つ、葛様?」

若杉さんの言葉に、わたくしだけでなく、当の烏月と呼ばれた女性も怪訝そうな反応を返す。

「その証拠に……、東郷さん、言ってやって下さい……。『千羽烏月さんはマゾだ』って……」

「はぁ……」

小首を傾げてから、言われた通りやってみる事にする。

「千羽烏月さんは、マゾなんですわね」

「……あっ、がぁっ!?」

言われた千羽さんは、衝撃を受けたように身体をビクンと竦ませた。

「う、ぐ、くぅ……!」

必死に何かに抵抗するように表情を歪め、その右目を爛々と蒼く輝かせる。

その様子を見て、いやらしく緩んだ笑みを深くする若杉さん。

「あはぁ……。ほら、もっと言ってやって下さい、東郷さん……」

「ふむ……。……千羽さんの、マゾ雌」

「……いぎっ、あっ、くふぅっ!」

千羽さんの苦痛に耐える声に、かすかな快楽の色が混ざり始める。

……何となく、ルールが飲み込めてきたような気がした。


532 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 22:12:05 ID:I1FPb30a

「ふふっ。千羽さんは、痛い事に快感を覚えられますのね」

「いぃっ、あっ……オ、オン・マカ――」

「そんな、刀を振り回す仕事についてられますのも、傷を負うのが好きだからですか」

「――シリエイ――」

「攻撃を受けるたび、痛みを感じるたびに、乳首をしこらせ、陰核を勃起させ、秘部を湿らせているんでしょう」

「――ジリベ、イ――」

「その刀も自慰行為の際には、色々と器具として使ってられますのよね。柄をバイブ代わりにしたり、自分の身体に切り傷をつけたり」

「――ソ、ワ――」

「もう、信じられませんわ。千羽さんはまさに、犬畜生にも劣る大変態ですわね」

「――あ、ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

夜空に響き渡る絶叫。

千羽さんは両膝を地面についた状態で顔をガクッとうなだらせる。

間断なく身体をビクビクと痙攣させ、口から垂れた涎が庭を覆う雪面に落ち、溶かしていく。

「あふふぅ……。烏月さんも、堕ちたみたいですねぇ……」

若杉さんが、だらけた表情を物凄く嬉しそうに歪めた。

「東郷さん……。わたしのズボン、下ろして……、彼女の前に……」

そう言ってくるので、若杉さんを後ろから抱きすくめたまま、提案されるままにする。

「烏月さん、顔を上げてください……」

「……あー……」

呆けた顔を上げる千羽さん。

その正面には、若杉さんのショーツがあった。わたくしの指が差し込まれた秘裂からの愛液で、ビショビショに濡れている。

「マゾ雌で、犬畜生にも劣る大変態の、千羽烏月さんに命じます……。この淫乱な鬼切頭、若杉葛を満足させて下さい……」

「……あ、は……」

千羽さんは頷きもせず、ただ何かに魅入られたように手を伸ばして若杉さんのショーツを下ろすと、顔を寄せて舌を伸ばした。

ピチャ、ピチャ、と猫がミルクを舐めるのにも似た水音が鳴っていく。

「うふふぅ……。いいですよ、烏月さん……。……これは、御褒美です……」

言うと足を蹴り上げ、千羽さんの胸あたりをペシと打つ若杉さん。

蹴り足自体の力は大した事がなさそうだが、すでに全身重傷を負っている千羽さんには、かなりの激痛が走った事だろう。

が、千羽さんは一度ビクンと身体を跳ねると、

「あがはぁっ! あはぁぁっ! ……もっとぉ、もっと蹴って下さいぃ、葛様ぁっ!」

恍惚に呆けた表情で、涎を辺りに撒き散らした。

「ふふぅ……。ならもっと……、ね?」

若杉さんに言われ、再びその秘部をねぶり出す。

洪水のショーツをねぶり続ける千羽さんに、ペシペシと蹴りをいれ続ける若杉さん。

「うくふぅ……、はぁ……、いいいぃ……」

「ぎふぅっ! かはぁっ! ……あああっ、もっとぉっ!」


533 :満ちる事無き朔月 第五幕 :2005/11/11(金) 22:12:37 ID:I1FPb30a

――完全に二人の世界で、何か、わたくし東郷凛が置いてけぼりにされていないだろうか。

そう気付き、参加する事にした。


「ふふっ――」


まずは若杉さんの乳首を優しく捻り、膣に指を入れている手の親指で、陰核を柔らかく押す。

グリィッ!

「――ひっぐぅっ!」

……少し、強過ぎたかも知れない。


千羽さんの方には、軽い蹴撃を脇腹に入れた。

ドガァッ!

「――あぐぅあっ!」

……こちらはかなり強過ぎた気もするが、まあ変態マゾ雌だから大丈夫だろう。


若杉さんは、抱きすくめられた身体を大きく痙攣させる。

そして一瞬の硬直を見せたかと思うと、

「いひぃぃぃくぅぅぅぅ……っ!」

秘部からプシュウッと音を立て、勢い良く潮を噴き出した。


千羽さんの方は二メートルほど吹っ飛んでから、真白く染まった庭園に仰向けで大の字になる。

そこからピクリとも動かず、

「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……」

しかし股間からは黄色い液体がジョオオと溢れ出し、その周辺の白雪を完全に溶かしきった。


534 :満ちる事無き朔月 エピローグ:2005/11/11(金) 22:14:30 ID:I1FPb30a

半年後――


トゥルルルル――ガチャ。

「こんばんは、若杉さん。グループの株価の伸びは順調のようですわね」

『ああ、はい……。おっしゃられたよう、石油を買い占めてから中近東の方で戦争を起こさせて、高騰した結果の儲けがザッと……』

「うふふ、なってませんわね若杉さん。悪事はもっと、遠回しに行ないませんと。露見した時、大変ですわよ?」

『そんなあ……。東郷さんの指示じゃないですか……』

「そうでしたかしら? 存じませんわ。――まあ、若杉グループの数々の悪行が露見するのは、一月後ぐらいでしょうね」

『ああ……。そんな事になったら、グループは倒産です……』

「うふふ、大丈夫ですわ。直前に若杉株を大量に空売りしておいて、その財産の大半を吸収して差し上げますから」

『あは……。東郷さんのお役に立てて、光栄です……』

「政財界へのパイプは残しておきなさい? 後で、わたくしが有効に使わせて頂きますから」

『もちろん、わかってます……。だから、だから早く御褒美ぃ……』

「――ああ、そうでしたわね。それでは、貴女を貫いている極太バイブの振動を最大にするのを許可しますわ」

『あ、あ、ありがとうございます……。……ひっぐっ! ひぃぃぃあぁぁぁぁぁっ……』

プツッ。


携帯の通話を切ったわたくしは、座布団の上に正座した状態で、今いる部屋の方に意識を移した。

東郷屋敷と呼ばれる我が家の一室。二十の畳が敷き詰められた、わたくし東郷凛のプライベートルーム。

まず、目の前に正座で畏まっている、北斗学院付属の制服を着けた長髪の女性に声をかける。

「若杉さんの頑張りのおこぼれとして、千羽さんにも御褒美を差し上げますわ。――どこが、良いですか?」

「あ、は、はい……。そ、それでは……か、肝臓を……」

そう答えながら、期待に満ちた目をこちらに向けてくる千羽さん。

その表情にわたくしは微笑すると、脇に置いておいた、千羽さん本人からの貢物である維斗の太刀を手にし、

ドスッ!

彼女の脇腹、正確に肝臓の箇所を刺し貫く。

「ひぃっぐぅぅぅぅぅっ!」

ついで、手首に捻りを加えた。

グリィッ!

「あがっはぁぁぁぁぁぁっ!」

千羽さんは鮮血を噴き上げながら、ドゥッと畳に仰向けに倒れる。

「あっは、あぁぁぁぁぁ……」

血だまりの中、瀕死の様相でピクピクと全身を痙攣させ、しかしその表情だけが恍惚に緩んでいた。


535 :満ちる事無き朔月 エピローグ:2005/11/11(金) 22:15:24 ID:I1FPb30a

わたくしは視線を横に移し、

「柚明さん。いつものように、亡くなられない内に適当に癒しておいて下さい」

脇に控えておいた女性に指示を出す。

「はい……」

女性は小さく頷き、楚々とした足取りで千羽さんの方に寄っていった。

彼女――柚明さんは、三ヶ月ほど前に気紛れで、羽藤さんが亡くなられたというその実家の方に行った際、連れ帰った女性だ。

あの時は、主とか呼ばれる化け物の復活騒動に巻き込まれて、少々面倒な目にもあったが――

まあペットが三匹増えた訳で、結果としては良かったと言えるだろう。

視線を正面奥に移す。

「ほら、手が緩んでますわよ。もっと強くまぐわい合いなさい」

パンと手を打って指示すると、そちらで絡み合っていた着物姿の双子の少女達、その動きが激しさを増した。

「ひぃぃん……。やめてぇ、ミカゲぇ……」

「姉さまは、まだそんな事を……。主さま亡き今、私達にはこうするしか術はないんです。諦めて下さい……」

「あひぃ、ひぃあああぁぁぁぁ……」

一見気弱そうな妹の方が上に被さり主導権を握っている様は、観賞しているだけでもなかなか面白い。

「あの……。終わりました……」

躊躇いがちに呼びかけられそちらを向くと、柚明さんがモジモジしながら控えていた。

「……ああ、御褒美ですわね。良いですわよ。ではこちらへ」

わたくしは手招きすると、寄ってきた柚明さんに顔を近付け、その首筋に吸い付く。

ツプッ……

「……あっ……」

歯を突き立てると、柚明さんの口から淡い吐息が漏れた。

わたくしは微笑みながら、チュウチュウと、首筋から流れ出る血の味を堪能する。

羽藤さんの血には劣るが、柚明さんの血も悪くはない。彼女は本当に収穫だった。

「ふぁ……」

ある程度飲んでから、口を離す。

「あ、これだけですか……?」

首筋に細い指先を当て、少し物足りなさそうに呟く柚明さんは、年上であるにも関わらず可愛らしかった。

「うふふ、申し訳ありません。メインディッシュは他にありますから」

「いえ……」

頷くと表情から未練を消しスッと身を引く様は、本当、古き良き大和撫子のイメージを彷彿とさせる。


536 :満ちる事無き朔月 エピローグ:2005/11/11(金) 22:16:01 ID:I1FPb30a

そしてわたくしは、自ら膝枕をしていた女性へと視線を下ろす。

一糸纏わぬ裸体を晒している、羽藤さん。

その身体は、半年前のような病的な白とは違い、確かな赤みを帯びていた。

――そう。羽藤さんの身体は生きていた。

この半年をかけジックリと言霊の力を駆使し、その身体に生命の火を再び灯らせていった。

死は、死だ。いかな言霊といえ、死者を蘇らせるのは容易ではない。

事実いまだ植物人間以上の状態には回復していない。羽藤さんの人格を取り戻す事が本当に可能なのか、その確証すらない。

しかし、肉体に限れば蘇っている事も確か。

口中に指を差し込めば、唾液が溢れる。

胸を揉みしだけば、先端の赤い突起物が硬くしこる。

皮を剥いた肉芽に触れれば勃起し、秘裂を弄ると愛液がこぼれ、膣に指を差し入れればキュッキュッと締め付けてくる。


そして何より――


顔を下ろすと、羽藤さんの首筋に唇を当て、歯を立てた。

点のような小さな傷跡からこぼれる、赤い液体。


羽藤さん自身の血が、流れている――


わたくしはそれを掬い舐めると、

「はああああぁぁぁぁぁ……」

陶然とするしかない味わいに、身を震わせた。

身体の内にある力が増していくのを、実感する。

どこまでも、どこまでも高まっていく。

これなら、いつかきっと羽藤さんの人格を取り戻す事だって出来るはず。――そう、信じられる。

そうしたら、色々なお話しをしよう。

羽藤さんが亡くなってからこれまであった事を、一つ残さず仔細にお伝えしよう。

その時までには、世界を征服だってしておこう。


きっと羽藤さんは、こんな感じの事を言ってくれるはずだ。

『うわあ〜、やっぱりお凛さんは凄いね』

『えへへ、わたしなんかじゃ全然敵わないや。本当、尊敬しちゃうよ』


その愛くるしい声を聞いて初めて、わたくしは本当の意味で満たされる――



                        (『満ちる事無き朔月』 完)