513 :名無しさん@ピンキー :04/11/11 00:15:12 ID:jG360GLV
サクヤさんの細長い指が、わたしという存在そのものをかき混ぜていた。
混濁していく意識。夢と現の境目なんてとっくにわからなくなっている。
「ほら、桂……聴こえるだろう」
くすぐる吐息とは別に、耳たぶを温かく濡らす新たな感触に背筋が喜びを訴える。
一際高くなるわたしの嬌声に負けじと大きくなっていく水音が――唯一の耳障り。
粘着性を感じさせるそれは、サクヤさんの指が乱暴な動きをする度に聴こえていた。
「……っゃ……だ……」
「ん? 何が嫌なんだい?」
「お、音、立て……ちゃ……」
本当はきちんとわかっているくせに、わざとわたしを焦らすような声。
中指は中心を蹂躙したまま、今度は彼女の親指が少し上の部分を刺激しようとする。
まるでそれは――わたしが皆まで言い切るのを阻止するように蠢いていく。
「ふふ、それは無理な相談だねぇ」
顔を上げれば予想通り、サクヤさんがいつもの悪戯っぽい表情を浮かべていた。
そう、いつもの悪戯顔。彼女だけを見ればそれはいつもと何ら変わりない日常。
でも確かにわたしが今置かれている状況は、普段とはかなり一線を画いた非日常。
514 :名無しさん@ピンキー :04/11/11 00:15:37 ID:jG360GLV
「気持ち良いんだろう? こんなにして……今さら何を恥ずかしがってるんだい」
「……っ……!」
水音は、この部屋の隅々まで響かせるようにどんどんと音量を上げていく。
くちゅくちゅと――ぴちゃぴちゃと、十分濡れていることを証明するかのように。
羞恥心とそれに対する背徳心がわたしの理性的な思考をざくざくと削り取っていく。
肌を這うサクヤさんの艶やかな唇が、オレンジ色した蛍光灯の光を受け悩ましく煌く。
わたしは抵抗らしい抵抗もできないまま、為すがまま、されるがまま、囚われていた。
「……まだ溢れてくるよ」
先ほどから何度もそう囁く声に耐え切れず、ついに瞼を閉じてしまった。
明かり一つの室内とそう変わりない暗闇の中で彼女が与える感触だけが支配する。
駄目だとわかっていた。本当はいけないことなんだとわかっていた。
彼女はお母さんの親友で、わたしのことを小さい頃から面倒見てくれた古い知人で、
経観塚でのあの出来事から命がけで守ってくれた命の恩人であって、同居人で家族で。
ねえ――本当はいけないことなんだよね。わたし、ちゃんとわかってるんだよ。
子供だけど、サクヤさんからしてみれば赤子とそう変わりない幼い子供だろうけど、
本気でわたしのことを好きでいてくれてるってことぐらいちゃんとわかってるんだよ。
鎖骨辺りを優しくなぞる舌先。そのまま喉、顎下、頬まで来て、浅い口付けをされる。
小鳥が啄ばむようなキスを繰り返して、そっと髪を梳く手のひらから温かさを感じた。
515 :名無しさん@ピンキー :04/11/11 00:16:04 ID:jG360GLV
「ふ、ぁ……んぅ……っ」
漏れる声はもう自分の意思じゃ止められない。
彼女の言う通りだ――軽く触れられただけなのに身体はこんなに反応していた。
今さら恥ずかしがっても遅いぐらい、わたしはきっとはしたない格好を晒していた。
いやらしい子だと呆れられたかもしれない。嫌われてしまったかもしれない。
そう考えると本当に悲しくなって、今の自分がどうしようもなく腹立たしくて。
「桂の身体は本当にやらしいねぇ」
そんな含み笑いが込められた言葉が脳に届いたとき、わたしの中の何かがはじけた。
まるで張り詰めた糸が途切れてしまったように――目尻から零れた水滴が、多分涙が、
こめかみを伝って真っ白い枕のシーツに濃い染みを作っていく。
「っく……うぅっ……」
「……? 桂? 桂……ちょっ、いきなりどうしたんだい」
実は自由に動かすことができた両手で、情けない泣き顔を覆い隠す。
サクヤさんの指は止まり、少し慌てたような声で何度もわたしの名前を呼んだ。
「あー……ごめん、悪戯が過ぎたね」
泣きじゃくるわたしの頭を抱き寄せて、サクヤさんは優しく耳元で囁く。
さっきまでの少し意地悪そうな口調じゃない。相手をいたわるようなそんな声。
516 :名無しさん@ピンキー :04/11/11 00:16:34 ID:jG360GLV
途切れた糸――わたしの涙腺は、簡単に結びなおせるほど優秀なものじゃなかった。
彼女を困らせちゃいけないと頭ではわかっているのに、どうしても泣き止めない。
わたしは一人生まれたままの姿で。サクヤさんはいつものジーンズ姿のままで。
あやされる赤ちゃんみたいに、大人しく彼女の腕の中でしゃっくりをあげていた。
「あんまりあんたが可愛い反応してくれるからさ、少し、調子に乗ってた」
「ぐすっ……か、かわ、いい……?」
「やだやだって言われたら無理やりしてみたくなるのが人情ってものだしねぇ」
「……意地悪はやだぁ……」
「ああ。わかったよ」
目尻の涙を掬うような軽い口付け。ごめんね、ってそんな気持ちが流れ込んでくる。
「嫌いに、ならない……?」
「ん?」
「はしたない子だって……呆れたりしない?」
「……ぷっ……くくくっ」
喉の奥で笑うような声。
抱っこされてるわたしの目の前にはサクヤさんの白い喉が露わになっている。
「桂はあたしのこと好きかい?」
「うん……」
「嫌われたくない?」
「……ん」
517 :名無しさん@ピンキー :04/11/11 00:17:23 ID:jG360GLV
そんなの当たり前だ。
わたしはサクヤさんのことが好きで、嫌われたくないと思ってる。
その好きがどんな意味での好意かと問われれば少し迷ってしまうけれど、
多分きっとそれは友情愛であり、家族愛であり――恋愛感情でもある気がした。
駄目だとわかっていても、本当はこんなのいけないことなんだと思っていても、
わたしを好きでいてくれるサクヤさんを拒まないのは、そういうことなんだ、と。
「あたしのことを好きだからこそ……こんなに感じてくれたんだろう」
膝裏から太ももにかけて、何かを確かめるようになぞっていく細長い指。
それはわたしという存在そのものまで揺るがしてしまうほど――愛しい指先。
「そんな桂をどうして嫌いになれるって言うんだい?」
サクヤさんの唇が耳たぶを軽く挟んで、意識を蕩かせるような甘い言葉を囁く。
「……好きだよ、桂」
大平原までいかないけど、お世辞にも大きいとは言い難いわたしの胸を包む手のひら。
とくんとくんと伝わってくる彼女とわたしの中で生きる贄の血の鼓動を聞きながら、
わたしは軽く頷いて、彼女の手のひらに自分の手のひらを重ね――身を任せた。