202 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:07:56.94 ID:lTpmGOWb
現在、午後六時。
烏月さんの帰りはまちまちで、終電や終バスを逃して帰ってきたり、定時(って言うんだっけ?)で帰ってきたりする。
ああ、早く帰ってこないかな……。
と、思いに耽った瞬間にインターホンが鳴ったので、わたしにしては物凄く良い反射神経で受話器に飛びつく。
「烏月さんっ!?」
『ああ、桂さん、私だよ。鍵を開けてもらえないだろうか?』
「今っ! 今すぐ開けますっ!」
『……桂さん……』
早急に受話器を置こうとしたが、溜め息に近い烏月さんの声を聞いて一旦留まる。
「な、何かなっ?」
『用心のために質疑応答をしようと昨日桂さんが決めたばかりじゃないか。忘れてしまったのかい?』
あ、すっかり忘れてた。
わたしたちは一緒に暮らし始めたばかりで、まだ合鍵を作っていないのだった。
ノゾミちゃんの件があったので用心しようとわたしから持ち掛けたことだった。
最も、ノゾミちゃんは今頃柚明お姉ちゃんになついているだろうから、心配はないのだけれど。泥棒だったら困るし、ね?
「あ、じゃあ……わたしが一番好きなものはなんでしょう!」
203 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:08:55.25 ID:lTpmGOWb
『……うーん、桂さんが好んでいるものか。ああ、待受画面に設定していたHAMU……だったかな?』
さすが烏月さん、わたしとは正反対で鋭い。
いつの間にか待受画面も覚えられていたらしい。
でも、
「ぶっぶー! 不正解!」
少し烏月さんをからかってみよう。
あんまりからかったら怒られちゃいそうだから、ほどほどに。
『では……柚明さん』
「えっ」
『桂さんが好きなのは柚明さんではないかな』
少しトーンの落ちた声が聞こえる。
わたし以外の人が聞いたら、この変化は分からないかもしれない。
いつもクールでかっこいい烏月さん。でも、今の烏月さんは……。
わたしは考えるのをものの数秒で、ドアを開け烏月さんを抱き締めていた。
「桂さん? 正解だったかい?」
少し顔を上げたわたしの頭を撫でながら、柔らかく微笑むその奥に、隠しきれない寂しさが見えた気がした。
なんて鈍い人なんだろう。
烏月さんはわたしのことを純粋だとか言ってくれるけれど、烏月さんの方が更に純粋で綺麗な人だ。
「烏月さんのバカッ。不正解」
「うん? 正解でないのなら開けてはいけないよ、桂さん。せっかく取り決めたのに危険が及んでは意味がないからね」
どこまでもそっちの考えには至っていないようだった。
「わたしが好きなのは烏月さんだもん。わたしが一番好きなのは烏月さんだけだもん!」
204 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:09:42.88 ID:lTpmGOWb
すると、烏月さんは豆鉄砲を食らったような顔をして、
「ありがとう」
と呟いた。
「とりあえず、入ってもいいかな? 正解も……聞いたことだしね」
烏月さんにしては珍しく、狼狽えているように見えた。
部屋に入り、お茶を煎れる。
そんなに狼狽えることがあるだろうか。
わたしは少し考えたけれど、理由は分からなかった。
「はい、烏月さん」
お茶を置き、向かい合って座る。
烏月さんはいつも通り正座だけれど緊張しているようにも見え、少し不思議で、少し面白かった。
「け、桂さん、ありがとう。私は、ああ、ええと、たぶん、嫉妬して……こんなことは初めての経験だったから……」
嫉妬?
烏月さんが?
「……烏月さん? 柚明お姉ちゃんと私が仲良いから、嫉妬したの?」
「そういうことになるね。すまなかった」
バツが悪そうに顔をしかめ、斜め下を見やる。これは烏月さんの癖だ。
……可愛い。
すごく、可愛い。
が、本当に申し訳ないと思っているようで。きっと当人の頭の中では反省と後悔の嵐が渦巻いているのだろう。
「烏月さんが妬いてくれたなんてすごく嬉しいよ。初めて嫉妬したんでしょ? わたしなんて烏月さんと葛ちゃんに妬いてばっかりだったのに……」
あっ、今の、なし。絶対なし。
「え? 桂さん、今なんて……」
「い、いや、なんでもないです! とにかく、わたしが好きなのは烏月さんだからっ! あ、あの、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」
ふふっ、と笑うと、
「先に食事にしようか、桂さん。早く桂さんの手料理が食べたくてさっさと事を終わらせてきた訳だしね」
と言った。
……華麗にスルーされた「わ・た・し」が、少し恥ずかしい……。
205 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:10:26.44 ID:lTpmGOWb
出来栄えが良いとは言えないけれど、おいしいよ、と一言添えて全部食べてくれる烏月さんには本当に感謝しないといけない。
サクヤさんにこれを出したら何を言われるか分からない。
食事を終えたあとはお風呂を用意して、烏月さんに入ってもらおうと思ったのだけど。
――ちゃぷん……
先にわたしが入っている。
「先に桂さんが」と「いやいや烏月さんが先に!」の繰り返しで負けてしまい……今に至ります。はい。誰に謝る訳でもないけれど、ごめんなさい。
……はぁ。それにしても……。
ああ、もう烏月さんかっこいいし可愛いし、色気もあるし……もう言葉にならない。
わたしなんかといてくれて、本当に幸せだ。
烏月さんもわたしのこと好きってことなんだよね……?
間違いじゃないよね?
えへへ。
なんて、烏月さんのことを考えるときりがないので、もう上がるとしよう。
206 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:11:08.20 ID:lTpmGOWb
髪を乾かして、携帯をチェック。実は待受画面は烏月さんに変えてある。
お風呂に行った烏月さんを待っている間に、布団で寝たふりをして烏月さんを観察する作戦!
足音がしないか耳を澄ませる。
……まだ、かな。
布団に入ると眠くなっちゃうよね。所謂不可抗力ってヤツです。
夢と、現と…………。
「……桂さん? ……寝てしまったかな」
はっ、と一瞬だけ意識が飛んでいた。
危ない危ない。
普通に熟睡してしまうところだった。
「桂さん、」
目を開けようとした瞬間、烏月さんが話しかけるので、誤魔化すように慌てて寝返りを打つ。
「……桂さん。あなたがとても大切なんだ」
しまった。なんで誤魔化しちゃったんだろ……。
こういう話はちゃんと向き合ってしなきゃ……!
「触れたら壊れてしまいそうで、怖くて。……本当は壊してしまいたいのかもしれない。ずっと私の側にいて欲しいから、なんてね……。あなたが知ったら幻滅するだろうね」
動くに動けなかった。
わたしは烏月さんに背を向けたままで。しばし、思考。
でも、わたしの髪を優しく撫でる烏月さんの指先からいっぱいいっぱいの切なさが伝わってきて、わたしはどうしようもなくなってしまった。
意識しなくとも涙が出てくる。
こんなにも想ってくれて嬉しい気持ちと、烏月さんの不器用な気持ち。色々な気持ちが入り交じる。
「桂さん?」
涙を指先で拭ってくれる烏月さん。
目を閉じたままでも明るかった光が、少し暗く沈む。きっとわたしの顔を覗き込んで心配しているのだろう。
わたしは、目を開ける。
「桂さん、まさか」
207 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:12:07.58 ID:lTpmGOWb
不安げに揺れる瞳。漆黒の瞳。大好きな瞳。視線が、合う。
「ねえ烏月さん。もしわたしが変なこと言ったら、幻滅、しちゃう?」
わたしは仰向けの状態で、正座している烏月さんの首の後ろに手を回す。
「……桂さんには敵わないな……。幻滅なんてしやしないよ。はは……いつから起きていたんだい?」
わたしは質問に答えず、烏月さんの唇を奪う。
目を見開き、動揺している。
でも、抵抗しない。
ああ、よかった。嫌われてない……と思う。
唇を啄むように、少しずつ幸せを味わうように。
ゆっくりと舌同士が触れる。
「んっ、ふ……桂さ……」
回していた腕に力を入れ、わたしの上に烏月さんを乗せる形になる。
これで体勢も楽だろう。
「いったいどうし、て……」
わたしの顔を見る烏月さん。
頬が上気していて、呼吸が乱れている。
「わたし、烏月さんとこういうことしたいの。ダメ、かな……」
ああ、言っちゃった。
嫌われたらどうしよう。
自分で言ったくせに後悔と羞恥心。うぅ……。
「……ではお願いを、聞いてもらえないだろうか」
「……っ。わたしにできることなら……」
恥ずかしそうにしている烏月さんを見るのはそうそうないことだった。
いったいなんだろうか。
「桂さんの血を……飲んでみたいんだ」
「えっ?」
208 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:13:05.09 ID:lTpmGOWb
その、何だ、別に私だけが桂さんの血を飲んだことがないから、とかではなく、柚明さんが羨ましいなど全くもってそんなことは、とか余計なことを早口で付け加えながら、わたわたとしている様子は余りにも可愛らしくて。
「じゃあ烏月さんの血も飲ませて、欲しいな。ね、交換。ダメ、かな……ってダメだよね! あ、あは……何言ってるんだろ、わたし」
何だか、熱い。
何か興奮しているよう。
「構わないよ、桂さん。私の身体の一部を――いや、全部を捧げたって構わない。私の薄い血が、桂さんの血となり肉となり、骨となるのならね」
そう優しく笑った。
わたしはぼうっとしながら、どこからか烏月さんが取り出した護身用のナイフの小さく光る刃を見ていた。
ほどなくしてナイフの切っ先が烏月さんの細くしなやかな人差し指の先端に触れ、真っ直ぐで綺麗な線が一本描かれた。
いつだったかわたしも同じようなことをした気がする。
一秒、二秒、三秒……。
とくん。
時間が経つにつれて指先から溢れ出る血。
ああ、もう少しで零れ落ちてしまう……。
わたしは手を取って指をくわえると、赤い液体を味わう。
こくり。
何だか烏月さんの生命の源は甘くて、とろけるような。
血液特有の鉄っぽい味は若干するものの、あまり気にならない。
指を舌で優しくなぞる。
今の傷以外、何一つとして傷のない指。
いとおしくて、堪らなくて。
「あ……桂さん……」
奥まで指をくわえて舐める。
「んっ……ふ……ぁ、はぁ……」
恥ずかしそうに目を伏せる烏月さんが可愛い。
ああ、そういえばわたしの血をあげなきゃ。
「ふ……烏月さん、わたしの血、どこから飲む……?」
「ん、どうしようか。ああ、桂さんの首が……いや、ああ、桂さんが痛くないところがいいな」
言いかけて首を振って訂正した。
でも、烏月さんが首から飲みたがっていることは明らかで。
209 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:14:56.96 ID:lTpmGOWb
「いいよ? 烏月さんなら……」
「いや、そんな……。桂さんの首が、いつも綺麗だと思っていたから。そう、前に私が着付けてあげたことがあっただろう? その時から、その」
少し言葉を濁し、赤面するわたしの大好きな人。
「……桂さんの血は後で頂くよ」
と、烏月さんの柔らかい唇が首筋に触れた。
「あっ……っ」
油断していた。
馬乗りにしている烏月さんに敵うはずがない。成す術もないわたし。無論、そんな体勢にさせたのはわたしなのだけれど。
「桂さんっ……」
首に軽く、本当に軽く噛みつかれる。子犬の甘噛みより弱いかもしれない。
興奮しているようで、呼吸が乱れている。
わたしの身体をくまなく唇で愛撫してくれる。
わたしも頭がぼうっとして、いつ肌がこんなにも露出していたのかさえ分からない。
烏月さんの軽く羽織っていた白いシャツ。わたしはボタンに手をかける。
「烏月さんだけ、ずるい。わたしも」
「ん、あっ……桂、さん……。あぁ……」
柔らかい膨らみに触れた。
中心部に触れると、鼓動が、心音が分かるほどに鳴っていた。
早く烏月さんが欲しい。
「烏月さん……好き」
「私も好きだよ。桂さんのことが」
「だから……最後まで、して? 烏月さんのものになりたいの」
一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐに余裕のある笑みに変わった。
「喜んで」
口内を舌で犯され、ぬるっとした感触。熱い。
そして太ももに指が触れる。
「やっ、烏月さ……ひゃっ……んん……」
下着の上から指が触れると、わたしは急に恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまった。
――はしたなくしているのがバレてしまった。
「……もうこんなにして」
驚いた表情の烏月さんの指が、侵入してくる。
溢れ出た蜜のせいでその綺麗な指を汚してしまっている。
それも構わずに擦り上げられる。余裕が、なくなる。
「あっ……ふぁ……。あぁ、だめ、烏月さん……」
210 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:15:27.19 ID:lTpmGOWb
「こんなに濡らして、気持ち良さそうにしているのに?」
いつもは優しい、今はちょっぴり意地悪な人。
「指が滑って桂さんの中に入ってしまうかもしれないね」
楽しそうに笑う人。
そう言いつつも入るか入らないかのところで焦らされて。もうわたしは我慢できないくらいで。苦しくて、堪らなくて。
「あっ、ぁ……。も、焦らさないでっ……烏月さんの指、ほし、い、の……っ」
「ふふ、桂さん、いいかな」
ゆっくりと中に入ってくる。
わたしの熱くなっているところへ。
出し入れを繰り返す度に水音が立ってしまう。
溢れた蜜をすくって口に含む烏月さんを直視できない。
やめて、が言いたいのに、喘ぐことしかできなくて。
「あっ……っ、ふあ、気持ち、いいよぅ……! 烏月さん、烏月さ、んっ、声……抑えられな……」
「ほら桂さん、私の指を噛んで」
先程切った指を差し出され、すぐに口に含む。
烏月さんの味……。
その間も中を指でぐちゃぐちゃに犯され、よく分からなくなる。
「っ……はぁ、あっ、あっ……ふ……」
「そんなに締め付けてどうかしたかい? そんなことしなくとも、桂さんが嫌に思うことはしないから安心してほしいのだけれど」
「ふぁっ、ぁあ……んむ。あっ、あっ……んっ」
烏月さんの指に、翻弄されている。
211 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:16:32.17 ID:lTpmGOWb
わたしの口内を犯している指は、浅く出し入れしたり舌をなぞったりしている。
唇にも愛撫は続く。
しばらくして口内に入っていた指を抜かれ、烏月さんの顔が近づく。
わたしの唇を奪い、歯列をなぞって舌に甘い痛みがじんわりと走る。
「ん……っ、あっ」
「ふ……はぁっ……ん……」
接吻を交わしながら片方の手はわたしの胸元へ。
触れられていなかったのにも関わらず、頂はもう既に主張していた。
先端の周りだけをカリカリと引っ掻くように撫でられる。それだけでわたしは期待して、更に蜜が溢れ出してきてしまう。
そして器用にもう片方の手もわたしを攻め立てる。
一番イイところを擦りながら、奥まで弄られて。
同時に先端に刺激が加わり……。
「やっ、あぁっ! は、んん……! だめ、そこ、やめて、一緒に、さわ、ったら……ぁあ……烏月さ、んっ」
「んっ……桂さん、可愛い」
「やぁ……っ! 烏月さん……っ! わたし、もう」
恥ずかしくて顔を逸らす。
もう、だめで。こんな顔見てほしくなくて。きっとわたし、いやらしい表情してる。
「桂さん、私の目を見て。桂さんの顔が見たいんだ。私だけの特権だから」
少し切なそうな、幸せそうな。難しい表情で。
胸に触れていた手でわたしの顔を戻し、キスをした。
それでも中で蠢く指は止まらず、わたしは限界近くまで来ていた。
212 :名無しさん@ピンキー:2012/04/05(木) 02:16:57.61 ID:lTpmGOWb
「ぁっ、あぁ……ひゃ、ぁ、んん……!」
「ああ……好きだよ。心から愛してる」
「んっ、わたし……もっ……! あ……! イっちゃ、う、烏月さ、烏月さんっ、どこにも行かないで……! あ、あっ、好、きッ……!」
「桂さん、私は桂さんの側を離れやしないよ。愛してる」
「……っああ!」
頭が真っ白になる。
ぎゅうっと烏月さんに抱き着きながら、快楽と言い知れぬ幸福感に身を委せる。
烏月さんの匂い、血の味、表情。
全てが素敵で、
見とれて、
全部に、
欲情して、
わたしは、
こんなにも。
貴女のことが大好きです。
意識を手放す直前、烏月さんがとても強く抱き締め返してくれた気がした。
たった数十年の儚い日々でも、たった一つの永遠は貴女と二人で。
おしまい。