601 :名無しさん@ピンキー:2009/10/22(木) 20:17:50 ID:UPDqgvC5

「桂……」

 床につき、電灯の明かりを消し、あとは寝るだけ。そんな時分、青珠から、凛と澄んだ声が、わたしを呼ぶ。

 目をしばらく瞑り、暗闇にも慣れていたので、青珠のほうを見る。すると、幽かに、左前の、古風な着物に身を包んだ、幼い女が見える。

「どうしたの、ノゾミちゃん?」

 青珠を依り代とする、平安の世より存在する"鬼"

 現在は、わたしの大切な人。

「青珠の力が、その、少なくなってきてるのだけれど……」

 消え入るような声で言う。青珠に憑き始めた頃は、わたしの血を吸う事で力を為し、存在を維持していた。

 しかし、最近は、とんと血を吸う事が無く、わたしは、少し不思議に思っていたのだけれど。

「? それなら、前まで、力が少なくなる前に、わたしの血を吸ってたよね?」

 だから、わたしは尋ねてみる。

「そのことだけれど、桂、本当に、良いのかしら……?」

 伏し目がちに、か細い声で言う。普段は、自信満々で、強気な声色なだけに、様子が気になる。わたしは、ふんふんと頷き、続きを促す。

「桂の、肌を傷つけて……」

 わずかに潤んだ目で、わたしを見つめる。常は、言い負かされてばかりのわたしだけど、こんな姿を見ると、胸が締め付けられる。それも、最初は、わたしを餌としか思ってなかったノゾミちゃんが、わたしを気遣ってくれている。

「う〜ん」

 わたしは、顎に指を置き、逡巡する。わたしは、ノゾミちゃんが、ずっと居てくれるなら、ほんのちょっと血を出すくらいなら、良いんだけれど。ノゾミちゃんが、納得しないといけないんだよ、ね? それなら――


「じゃあ、こうしよっか」

 わたしは、そっと、ノゾミちゃんの肩に手を置く

「?」

 ノゾミちゃんが、一瞬不思議そうな表情をした瞬間、わたしの唇を、ふわりとノゾミちゃんの唇に触れさせる。

「!?」

 力が足りなくなっているのか、少し、ほんの少しだけ冷たい唇。けれど、ノゾミちゃんの身体は確かに在って、わたしは、安堵感を覚える。

 見た目、少し硬そうな、小さな唇も、実際重ねてみると、驚くほど柔らかい。


「ノゾミちゃんの唇、柔らかいね♪」

「な、なにをするの、桂」

「青珠の力の補充の為に、血を吸ってるんだから、わたしは良いんだけれど、ノゾミちゃんが納得できないっていうなら」

「……」

「血を吸うたびに、ノゾミちゃんの唇に、ちゅってさせてくれないかな?」

「か、勝手にしなさい」

 目には、涙を浮かべている。しかし、頬は朱に染まり、口元は僅かに緩んでいる。

 わたしは、これからの給血が、少し楽しみになった。